お菓子屋の日常②
カモミルは顧客対応に関しては素晴らしい。今まで百発百中で何の問題もなく人を追い返すほどで、実際どんな手際で説得しているのかを見たことがないメシカは、その手腕を見てみるのも勉強かと思い任せたのだ。
これが悲劇を生み出すとも知らずに……。
あるいは喜劇かもしれない。
「お前が作ったのか? とりあえず土下座しろ!!」
「いやいやそれって店のせいではないですよね貴方が買うから駄目なんですよもう少し需要と供給の関係を勉強してきたらどうですか?」
「ケーキの中にそのまま生卵が入ってたんだぞ! 上からクリームで隠しやがって!!」
「あのねまず根本が間違ってるんですよ見た目に騙される奴が悪いんですよ? 貴方ってあれですよねド化粧した女性とイチャコラ合切しては同棲して結婚して真実を知ったら知ったで黙されたとかいうオチですよね」
「それでもこれは酷いだろ! 化粧をふかした女でも中身は女で人間だ。中身が生卵ともそもそも成り立ってないだろ! 破綻だ破綻!」
「そうして被害者面して同情を求めるのか知らないですけど元を辿れば貴方が買ったという責任があるんですよ自分に否があるのを認めたらどうですか?」
「俺はケーキを買いに来たんだ。これはケーキじゃないだろ!」
「僕たちがケーキと言えばケーキなんですもう分かってますから何も言わなくていいですよどうせそのはげチラかした髪の毛もストレスで飛んでいったんでしょう? ほらほら金蔓と思われて財産もなくなったんでしょう儲け(もう毛)もなくなったんでしょ?」
「お客さまは神様だぞ!!」
「はいはいでたでたご都合主義のパターンですよね貴方が神になったら僕たちは奴隷ですかそんな奴らが作った物を吐くためにわざわざ食べてるんですか?」
「お前本当に店員なのか!?」
「だいたいですねそのフレーズを使う人ってクレーマーというテンプレがあるんですよね神がちんたらチンタラ下界の者に口うるさくしてる時点で程度が知れますよね」
「……」
「挙句の果てにはしてやったりとかいうキモい顔を浮かべて何度も何度も繰り返す。そんなもの神ではなくただの害ですよ貴方が神だと言うならば神名も勿論あるんですよね早く言ってくださいよ厨二病意識してるんですか恥ずかしがってるんですか? ちなみに貴方が返金だとかもう一つくれとか仰るのであれば口にしてしまったケーキはここで全て吐いてくださいねそれが取引というものですよ。貴方が神と言うならば僕は仏となりましょう」
「もう来ない」
「もう一つだけ『絶対来ないからなぁあ!!!』」
「バイバイ、クレーマン」
一仕事終えて優雅に戻ってくるカモミルは、人の皮を被った悪魔に相応しかった。
「店長追い払いました。別途給料ください」
「クビだ」
「首ですか? 卵を首に投げつけて欲しいんですか? もうやだなぁ、メシカ店長にそんな性癖あるとは知りませんでした」
当たり前のように追加の手間賃をくださいと、どの口が動くのやらとメシカは思うが、寧ろマイナスである事に気付いていないカモミルに対して、その心は泡のようにすぐ溶けてなくなるだろう。渦中の当人はにやっけ面で後頭部を右手で掻いているが、正直なところナマケモノよりも酷く、どこからそこまでのゆとりが生み出されているのか、一度カモミルの脳を分解してやりたいくらいにメシカは怒り心頭である。
「辞表を出せ」
「持病はアトピー性皮膚炎です」
「退職届だ」
「お客様は神様です」
「客じゃねーだろ!」
「私は客だ!」
「お前は客だな!」
ノリノリに乱入するセレナは何故かフンフンと興奮していた。どこかのお笑いとでも思っているのか、至って真面目なメシカには毒である。この二人が出会ってしまえば最後。カモミルによるカオスが始まることを既にメシカの第六感が察知していた。だから最後の抵抗として。
「いいからお前はもうクビにする」
「労働者を簡単にリストラみたいにしてしまっては会社の沽券にかかわると思いますが大丈夫ですか。それと僕はもちろん抵抗しますし手始めに労働者で集まってストライキを興します」
「こいつは酷い。酷すぎる……」
その抵抗も虚しく、首輪が外れた獣は躾がなってないのか素知らぬ顔で暴れ回り、それはもう噛み付き放題である。恩の文字すら知らず、社会を舐めてる餓鬼であろう。しゅんと項垂れるメシカに対して、さらに追い打ちをかけるように周りの客の振る舞いも三つに別れてしまった。一つ、引いている。二つ、段々と立ち去っていっている。三つ、笑い話までされている。商売店であるのに誰も購入の意志が見えないのは、悪い方向にしか進んでいないことを指していた。そんな折、一人の従業員が歩いてきた。
「メシカ店長すいやせん。わての息子が調子のるさかいに」
ぽっちゃりとした体形に強面の男。金髪に鼠色の瞳はカモミルと同じで、まさに親子の関係だ。ただし肉体面ではかなり異なるが。
「あー……おやっさんがいてくれると楽だから大丈夫さ」
おやっさんはカモミルと違って仕事が速く、百人力という言葉は彼のためにあると言っても過言ではない。実際に中の状態は片付けられているのだが、それを現状のメシカが知る由もない。カモミルが工房から離れて時間が経ったゆえである。
「後で仕置きしておきやす。どうか勘弁してくださいな」
「あ、うん」
結局はクビにすることなんてできないのだ。カモミルを退職させたらおやっさんがいなくなる可能性だってあり、メシカはそれがただただ怖いのである。だからもう相手にしないでおこうと、メシカはそんなことを胸中に晒す。
件のカモミルは「ですよですよ!」と、セレナと二人で
「そうかそうか!」と、何やら怪しげな会話をしているのだが、もう関わることをやめたメシカに隙は無かった。そんな時である。
「なんかウチによく人が入ると思って来てみたら人全然いないじゃない」
バタンッと乱雑な音は扉が開いたことを示し、その先へと視線を向けたメシカはまた一つ問題が生まれてしまったと、肩を落とすのであった。息つく暇がないとはまさにこのこと。
「次から次へと……」
腰まで広がる青い髪とこれまた勝気な青い瞳は海を覗いているようで、すらっとしたシャツを身に纏い、それは上から下方にいくたびに白から黒濃くグラデーションがかかっていた。おへその位置から下ろす黒いズボンはたっぷりと。オシャレを意識した現代の年頃の少女がメシカの瞳に映えていた。
「あらメシカじゃない。そろそろウチきたらどうよ? アンタならいつでも歓迎するわよ」
お菓子屋のライバル会社の社長の娘──アトリ。メシカの蓮華によって生み出される砂糖に目をつけているのだ。蓮華の使い方次第では市場が荒れたりとするのだが、勝手な真似をすれば裏から締め上げられるのもどこの世も同じで、従って誰もやろうとは思わないし、やるなら秘密で少しずつ流す。所謂、暗黙の了解というやつだ。勿論、それ目当てでメシカを狙う者もいるが、その度に彼は追い返しているのである。アトリのように表からの人もいれば、当然裏からの人もいる。その時は実力行使で黙らせるメシカだが、元より知っている人は極少数で。そもそもの話、蓮華を起こして資源を確保するのも一つの手ではあるのだが、一見メリットにしかないように見えてデメリットもあるのだ。それはブドウ糖という観点からおいて、体を壊す可能性も少なからず影響しているからだ。