潜入
「よし。三七三と」
背後のドアが閉まる音と同時に、俺は一から十まである数値を見てこの施設の大きさに目を見張った。蓮の淀みから考えてそこまで広くなかったはずだが……と思いきや、奴は三七三と順番に押しては謎めいた仕掛けにより重苦しい檻が動き出す。探偵さんがいれば喜びそうな場面ではある。
「着いてこい」
言われなくても分かってますよと、反抗的な目を奴に返しては機械的に開かれた扉の先に視線を送る。そこはあからさまに研究施設のような雰囲気を漂わせており、白の世界に包まれていた。左右前方と縦横長い廊下が広がっていて左の道へと案内される。変わり映えしない通路を黙々と進んでいく中、急に立ち止まり鍵の回る音に続いて左手の扉が押し開かれた。そこは手動の鍵なのね。
「とりあえずここに入っとけ。大人しくしておけよ」
そう言われて風が少し感じたのは乱雑に閉められたからであろう。何がとは言わない。ガチャリとお手本のような作業が物語っている。そう、俺は解放されたのだ。牢獄という名の部屋内なのに、解放されたという表現はおかしな話であるが、実際のところ最初からの集まりといい、さっきの奴といい、ずっと休まる機会がなく自然と笑みが漏れるのは仕方ないだろう。辺りを見回せば白い壁で覆い尽くされており窓一つもなく隙間すらない。
そして肝心の他の人たちはというと、「キモ」と、残念な子を見るような目で、みんなは俺のことを見ていた。
……誰だよキモッて言った人。
みんなと言っても俺含めて五人しかいないし、件のアトリもいたけど、何やら後ろから糸でも引っ張られてるのかと問いたいくらいに引いている。
「アンタさ。口も塞がれてるし腕も拘束されてるし、なんでその状態でニヤついてるの? もしかしてそういう趣味なの? 私たちなんて拘束すらされてないわよ」
見目麗しい三人の女性は床に腰下ろし、オマケの一匹は俺を蔑む言葉を吐きながらこちらに近付いてきてる。オマケはとにかく口が煩い割には、青い髪も瞳もどこか荒々しい海のように荒涼感を帯びていた。カモミルのせいで大変な目にあったようだ。それよりも想像していた粗末な服装とは違って、全員が外出用の装いで、アトリに関しては昼のままだ。痩せこけた疲労感も見えない。それと警備が荒く、蓮を練れない者たちは一般人と同じ扱いということもあって出れないと踏んでいるのだろう。まあたとえ脱出できたとしても、この基地に潜む蓮華士にすぐ捕まるのがオチで相当実力に自信があると思われる。
「仕方ないわね。取ってあげるわよ。拘束がお望みなら取らないけど」
「ンンー(助かる)」
「え、もしかして……本当に趣味なの」
どうしてそう捉えることが出来るのか。心すらも縛られてるようで嫌になる。縛られて嬉しい者なんて根っからの被虐嗜好主義者しかいないし、そんな者は一握りだと思っているが。
「分かった。アンタがそのつもりなら邪魔はしないわ。服もちょっとあれだし、てかその服何処かで見たことあるような気がしなくもないけど……」
「ンッ!」
不味い、失念していた。カモミルとセレナの二人のせいで常識の価値観が狂っていた。アトリの頭は常人であることに。
「まあ変わった子だから仕方ないか」
「ンン(お前がな)」
まあでも、その勘違いに思考がもっていかれたおかげで助かったと思えばいいだろう。というよりも服の事は棚に置いといて、別にこんな玩具、他人に頼らず解こうと思えばいけるし、ただ楽がしたいなと思っただけでそれすらも許されないとは。蜜柑の皮を剥く時、簡単に剥けるけれども少し面倒臭い、そんな感覚だ。
「はあ、煩いわね。少しくらい静かにしてよ。どうせ出られないんだし、無駄に気力を削がせないで。何をされるかも分かってないし」
アトリは大げさなため息を吐きながら愚痴を零した。最早、苛立ちを隠そうとしないで前面に押し出してくるスタイルはある意味お肌に良さそうで、俺という当て馬でストレス発散していることだろう。さて、茶番を繰り広げていても時計の針が動くだけだ。カモミル達が何かやらかす前にこちらも動くとしよう。とりあえず睨み返しておいたからそれで充分だ。
俺は扉の方に向き直り身体を形作る全細胞を研ぎ澄まし、空気中に漂う蓮素を皮膚に通して、体中を巡るブドウ糖と混ぜ合わせて蓮を練る。その練り上げられた蓮を華へと干渉せず、己の肉体に張り巡らせて蓮を纏い空気と一体化した。地上からだと空気間の密接と地層の関係により大雑把でしか分からないが、地下の場合だと異なる。それは扉の下の隙間から空気が漏れているからだ。空気と空気の間に隙間の無い壁があるならばそこで蓮は途えて絶しまうが、少しの隙間さえあれば空気同士を伝って内部の詳細を知ることが出来る。これも立派な蓮武の一つで探知である。
見えてくる景色はこの地下施設の全貌で、かなり人数が多いのと俺はエレベーターから左の通路へきたが、真ん中の通路の先にはかなり淀んだ蓮の塊が見受けられる。非常に不味そうだ。俺の予想が正しければ原子爆弾が今にも破裂しそうなくらいに危険だ。こうしちゃいらねぇと、猿轡と手枷のロープと密接した箇所の肌から蓮武により小さな刃を立てて切り解く。
「え?」
それは違う場所に意識を向けていたから誰の声だったのか分からない。でも驚いた理由は分かる。何せ俺が纏う蓮のオーラは見えていない。蓮華すら使った痕跡はないし、音沙汰もなく散りばめられた物を見て不可思議に映るだろう。そもそも蓮すら練れない者は蓮の気配に疎いので人によって見え方は異なるが。
「アンタ……なにしたの?」
「ほう、先程の罵声とは勢いが違うな」
背後から聞こえる甲高い声と生意気そうな口調で考えるまでもなく、その声の元が誰だか反射的に分かってしまう。
だから俺はこれ見よがしにと言わんばかりの態度で、
決して今まで溜まりきった鬱憤を吐き出したいというのでもなく、
いや若干のそれもあるのだろうが、
別に優越感に浸りたいわけでもなくて、
ましてや自分の力を見せびらかそうなんてつもりもさらさらないのだが、
いかんせん、こんなご時世では、こうでもしないと息苦しくてやってられないのだ。
仕方ないだろう。人前で感情を押し殺し続けた俺はかなり性格がひん曲がってること間違いない。認めたくはないが……。
「私、蓮のことは詳しくないけど、そんなもの使った形跡ないよね」
「蓮武の存在意義を理解すれば、自ずと答えが出るだろう」
俺は現実から逃げるようにそう言った後、心臓の奥底に眠る華へと蓮を回し蓮華を起こした。蓮華により膝から生み出された砂糖を扉と地面の隙間から外へと潜り込ませ、鍵穴に向かって一直線。硬化された砂糖によってその穴に馴染むように形作り解錠する。無論、背後の人たちは見えないだろう。
「蓮武って蓮を練り続けないといけないから、かなり不効率と聞いたけれども」
「確かに不効率ではある」
だが俺は『糖』の華を持つ者だ。蓮を練り蓮華を起こして、体内にブドウ糖を生成し、そのブドウ糖で蓮を『無限』に練り続けることができる。そう聞こえると最強と思うかも知らないが無敵というわけでもない。神族の末裔である王家及び公爵家の受け継がれし華はそれはそれで凄まじいものだ。
通称──『神の華』と呼ばれる華を持ち、何の策もなしに正面から戦えばまず負けるだろう。何せ世を見守るために二つの華を持つのだから。チューチエ公爵の場合だと、本来の己の華と当主となる者だけは『朱雀』の華が受け継がれるのだ。華は一人一つであるが、神の『血族』だけは別である。
規格外、そんな言葉が過ぎるだろう。




