流れ星に願うこと(3/3)
「オレ、可愛い奥さんが欲しい!」
「でかい犬が飼いたいなぁ」
「うまい料理をたらふく食いたい!」
皆は空を見上げながら、次々に願い事を始めます。ジュンも絵を描くのをやめて、横になって空を見つめました。
真っ黒な空にまるで雨のように星が流れる光景は、それはそれはきれいで、ジュンは胸をドキドキさせながらその様子を見ていました。
隣からケンコウさんに声をかけられたのは、そんなときのことです。
「ジュンは何か願わないのか?」
きっと他の皆が色々な願い事をしているのに、ジュンは黙ったままだったから気になったのでしょう。
ですが、そんなふうに言われてもジュンは困ってしまいます。何もお願い事を思い付かなかったからです。
ジュンは必死で何かないかと首をかしげましたが、悩めば悩むほど頭の中がこんがらがってきました。きっとここに来たばかりの頃なら、『家に帰りたい』と願ったことでしょう。けれど今は、少しでも長くこの船に乗っていたいと思ってしまっているのです。
そうこうしているうちに、流れ星の数も段々と少なくなっていって、さっきまであんなにうるさかったガイコツたちも段々と静かになってきました。皆寝てしまったようです。
「やっと静かになったか」
やれやれといった声を出しているのはズガイ船長です。船長はジュンを見ながら「うるせえやつらだろ?」と言いました。
「船長はどんなお願い事をしたんですか?」
船長ならきっとスケールの大きなことを頼んだんだろうなと思って、ジュンは尋ねてみます。
でも、ズガイ船長は意外なことを言いました。
「何もしてねえよ」
「えっ、どうしてですか? もしかして船長も願い事が見つからなかった……?」
「別にそんなことはねえけどよ」
「じゃあ何で……? あっ、もしかして、後のお楽しみに取っておくつもりですか? 僕、キヌタさんとケンコウさんから、今この海賊団が狙っているのは、『流れ星のかけら』っていうお宝だって聞きましたよ。見つけたら、何でも願いが叶うんですよね?」
「おうよ。だけどな、オレ様は『流れ星のかけら』にも何も願う気はないぜ」
意外なことばかり言うズガイ船長が何を考えているのか、ジュンには分からなくなります。船長は甲板の空いているスペースにごろんと横になりました。
「オレ様は願いを叶えたくて宝探しをしてるわけじゃねえんだ。ただ冒険がしたいだけなのさ。……なあジュン、お前は海賊にとって一番必要なものは何か分かるか?」
「海賊に一番必要なもの……?」
どうしてそんなことを聞かれているのか分からずにジュンは困ってしまいましたが、それでもレディ・ボーン号の上を見回しながら質問の答えを考えます。
「えっと……船とか乗組員とか……?」
「外れだ」
船長は大きく首を振ります。
「海賊にとって一番大事なのは、船でも乗組員でもねえ。勇気だ。自分の欲しいものを実力で勝ち取る勇気だよ。それがあって、初めて一人前になれるのさ」
「勇気……」
ジュンはしま模様のシャツの裾をぎゅっと握りしめます。なんだか胸の辺りが重たくなったように感じられたのです。
「だからオレ様は流れ星のかけらに何も願わねえんだ。自分の願いは自分で叶えるのが海賊ってもんだからな。まあ、どうしても自力で叶えられないような願い事なら、してもいいとは思うが……。でも、簡単に何でも叶っちまったらつまんねえだろ?」
「海賊って……大変なんですね……」
ジュンは、段々と自分はここにいるべきじゃないのかもしれないと思い始めてきました。この船にいるためには海賊でなくてはいけません。そして、海賊には勇気が必要なのです。けれどジュンは、自分にはそんなものはないとよく分かっていました。
「船長、僕、家に帰った方がいいんでしょうか……。だって僕……弱虫……ですし……」
不安な気持ちが口をついて出てきました。
臆病な自分では海賊にはなれません。それなのにレディ・ボーン号に乗っていたら、皆に迷惑をかけるかもしれないと心配になってしまいます。
そんなジュンの肩を、ズガイ船長は力強く叩きました。
「そんなことないさ、お前は勇敢だよ。このズガイ船長の目に狂いはねえ!」
「……船長、ガイコツじゃないですか。目なんかないでしょう」
「心の目だよ!」
ジュンの言葉に、ズガイ船長はちょっと気を悪くしたようです。
「いいか、ジュン。帰りたいなら帰ったっていい。海賊にとって本当に必要なのは、船でも乗組員でもねえんだからな。場所なんて関係ないんだ。でも、これだけは忘れるな。お前はどこに行ったって、もうこのガイコツ海賊団の一員だ」
それだけ言って、船長はどこかへ行ってしまいました。
その背中を見つめながら、ジュンは胸が熱くなってくるのを感じます。そして、まだ星が流れている空を見つめながら、いつか自分も船長のような本物の海賊になれるんだろうかとじっと考え込んでいました。