ようこそ、ガイコツ海賊団へ!(1/1)
けれどジュンはその後もゲンくんの遊びに付き合わされ、自由な時間は持てませんでした。気が付いたときには、夜になっていたのです。
「今日の真夜中は流れ星が見えるらしいぞ!」
ジュンの横に敷かれた布団の上でゴロゴロ転がりながら、パジャマ姿のゲンくんが楽しそうに言います。
「絶対に一緒に見ような!」
「でも、そんな時間に起きてたら怒られるよ?」
「大丈夫だって! バレそうになったら、寝たふりすればいいじゃん! こんなふうにさ!」
ゲンくんは布団を被ってピタリと動きを止めます。その数秒後、規則正しい寝息が聞こえてきました。どうやら眠った演技をしているうちに、本当に寝てしまったようです。
「はあ……」
やっとゲンくんが静かになって、ジュンはちょっとほっとしました。
でも、もう夜も遅く、ジュンも寝ないといけません。拾ったきれいな石の絵を描くのは明日にしようと思いながら、ジュンはトイレに行くことにしました。
ジュンが不思議なものを見つけたのは、その帰り道のことでした。
「あれ、何だろう……?」
廊下を歩いているとき、ガラス戸の外に広がる空に何かキラリと光るものが見えた気がして、ジュンは首をかしげます。それはただの星よりも、ずっと強いきらめきを放っていました。
もしかして流れ星かな? とジュンは思いました。でもゲンくんの話だと、星が降ってくるのは真夜中のはず。では、これは一体何なのでしょうか?
外に出たジュンは近くに転がっていたサンダルを履いて、庭に出ました。そして、空を見上げます。
すると、その光が段々と大きくなっているのに気が付きました。しかも、光はこっちへ向かって落ちて来ているのです。
そんな光景を見たことがなかったジュンは、ポカンとしてしまいました。けれど、その光の正体が分かったときは、もっと驚かずにはいられませんでした。
(ふ、船だ……! 海賊船だ……!)
ライトのように明るく輝く木の船体と、風を受けて膨らんだ帆。なびいている旗には、ドクロのマークが描かれています。
でも、船なら海の上しか移動できないはずです。なのにこの海賊船は、空を飛んでいました。何が起きているのか分からずに、ジュンは夢でも見ているんじゃないかと思ってしまいます。
けれど、手のひらをつねって感じる痛みに、ジュンはこれが本当に起きていることだと知りました。
船は音も立てずにおばあちゃんの家の二階くらいの高さで止まります。船縁からいかりと縄ばしごが降ろされました。
それを伝って誰かが降りてきます。海賊かなと思ったジュンですが、彼らの姿が月の光に照らされた瞬間に、腰を抜かしてしまいそうになりました。
(ガ、ガイコツだ……!)
皆お揃いの黒いバンダナと半ズボンとベルトを身につけ、水色と白のしましまのシャツを着ていましたが、その体は骨でできていたのです。
ジュンは驚くやら怖いやらで、悲鳴も上げられませんでした。
「いたぞ、こいつだ!」
「泥棒め! 捕まえてやる!」
しかも思ってもみなかった出来事が起こりました。船から降りてきたガイコツたちはジュンを見るなり、口々に変なことを叫びだしたのです。
そして、まるで石になってしまったみたいに動けなくなったジュンの体を持ち上げました。
「い、一体何を……!?」
パニックになったジュンは抵抗もできません。ガイコツたちに連れられて、あっという間に船に乗せられてしまいます。
甲板の上には、たくさんのガイコツがいました。きっと皆、この海賊船の乗組員なのでしょう。全員がぽっかりと空洞になった目で、ジュンを見ています。
「船長! 捕まえました!」
ジュンを連れてきたガイコツが、その中の一人に手柄を報告します。
その人は他のガイコツのようなしま模様のシャツではなく、フリルのついた豪華な上着を着ていました。頭には三角形の帽子をかぶり、腰からは三日月型に曲がった剣もぶら下げています。それに、態度も何だか図々しそうでした。
「ほう、こいつがそうか」
船長と呼ばれたそのガイコツは右目に眼帯をした顔で、ジュンのことをじっと見つめました。ジュンは息が止まりそうになります。
「ふん、まだガキだが、海賊のお宝を奪うなんて、いい根性してるじゃねえか。それに、捕まっても悲鳴一つ上げないとはな」
本当は怖くて声が出ないだけなのですが、船長は何か勘違いしたようで、感心したような口調になっています。
「で、盗んだものはどこにやったんだ?」
船長に尋ねられますが、ジュンは全く身に覚えがありません。だから、ただ黙って固まっている他ありませんでした。
「ははは! このオレ様相手にしらを切るつもりか!」
船長は愉快そうに笑いながら、手下たちに「体を調べろ」と言いました。近くにいたガイコツたちが寄ってきて、ジュンの体をパジャマの上から触ります。ジュンはガタガタ震えながら、されるがままになっていました。
「ありましたぜ!」
嬉しそうな声が上がります。
ガイコツが取り出したのは、ジュンが昼間、庭で見つけたきれいな赤い石でした。時間が空いたら絵を描こうと思って、ずっとポケットに入れっぱなしだったのです。
「そ、それがお宝……?」
驚いたジュンは、初めて声を出しました。
お宝というからには、てっきりピカピカの金貨とか宝石のことだと思っていたのです。
けれど今海賊がジュンのポケットから取り出したものは、確かにきれいではあるけれど、ただの石にしか見えませんでした。
「正確には、『お宝までの道を開くカギ』だけどな」
船長がジュンの疑問に答えます。
「ところで船長! こいつ、どうしますか?」
ガイコツたちが機嫌良く船長に尋ねます。
「泥棒なんですから、牢屋にでもぶち込んでおきましょうか?」
「まあ待て」
牢屋と聞いてジュンは怯えましたが、船長はジュンを頭のてっぺんからつま先まで見つめて、顎に手を当てます。
「オレ様は決めたぜ」
そして、船長は唐突に口を開きました。
「こいつをオレ様の手下にする。今日からこいつは、このガイコツ海賊団の船員だ!」
船長は高らかに宣言しました。
もしかして家に帰してくれる気になったのかなと期待していたジュンは、予想外のことに驚きました。自分が海賊になる……?
それはガイコツたちも同じだったようです、皆骨をカチャカチャ言わせながら、ざわめき始めました。
「何でこんなやつを仲間に!?」
ガイコツから質問が飛びます。船長は自信満々に答えました。
「それはもちろん、こいつが勇気と度胸のあるやつだからさ!」
ジュンは聞き間違いかと思いました。勇気や度胸があるなんて言われたのは初めてだったのです。
「小僧、名前は?」
「ジ、ジュン……」
ジュンは呆然としながら答えます。船長は「よし」と頷きました。
「ようこそ、このズガイ船長様率いるガイコツ海賊団へ! 歓迎してやれ、野郎ども!」
「アイアイサー!」
威勢のいい返事と共に、大砲が二、三回火を噴きました。ジュンは思わず耳を塞ぎます。そんなジュンに、ズガイ船長はさらに言葉をかけてきました。
「いいか、ジュン。この船で暮らす上で絶対に破っちゃいけねえルールは一つだけだ。オレ様の命令には、「はい」か「イエス」か「アイアイサー」で答えること。以上だ! 野郎ども、いかりを上げろ! 出発だ!」
「アイアイサー!」
元気のいい声と共に、船は上昇しました。急展開の連続について行けなくなっていたジュンは我に返ります。けれど、慌てて船縁に駆け寄ったときには、おばあちゃんの家はすっかり小さくなっていました。
(ど、どうしよう……!)
海賊になりたいなんてこれっぽっちも思っていなかったジュンは、すぐにでもここから飛び降りてしまいたいような気持ちになりました。
でも、足が竦んで動けません。だって船は、もう星に手が届きそうなくらい高いところにいたのですから。
そんなジュンに構わず、乗組員たちはそれぞれ忙しそうに甲板の上を走り回っていました。
それを見ながらジュンは途方に暮れます。
何もかもが突然すぎて頭が真っ白になっていましたが、大変なことに巻き込まれてしまったんだということだけは、ジュンにも分かりました。
どうやらジュンには、海賊になるという選択肢以外は残されていないようなのです。
でも、こんなガイコツだらけの船の上で上手くやっていける自信なんかなくて、ジュンは今にも泣きだしてしまいそうな不安な気持ちになっていたのでした。