その返事は、「アイアイサー!」(1/1)
「船長、次の獲物は何にするんですか?」
「まだ決めてねえ」
ガイコツからの質問に、ズガイ船長は首を振ります。
「それにまだ冒険の準備、何にもしてねえからな。……もちろんお前もだぜ、ジュン」
「僕の準備?」
「ああ。お前の帰る場所は、この船だけじゃねえだろ?」
きっとズガイ船長は、一旦家に戻れと言っているのでしょう。
「……次の冒険をするときは、また呼んでくれますか?」
「当たり前だろ。冒険は、船員皆でするもんなんだからよ」
ズガイ船長は大きく頷きました。ジュンは笑ってそれに応じようとしましたが、あることに気が付いて、「あっ……」と声をもらしてしまいます。
「でも僕、長いこと黙って家を空けちゃったから、帰ったら怒られるかも……」
「おいおいジュン、そんなくだらない心配してんのか?」
近くにいたガイコツが、呆れたような声を出しました。
「このレディ・ボーン号には、時間も空間も関係ねえんだぜ。なにせこの船は……」
「最新式だから?」
「そのとおり!」
ガイコツたちは頷きます。ズガイ船長が一冊の本を渡してきました。ジュンは目を見張ります。
「スケッチブックだ……」
それはジュンが皆と流れ星を待つ間に使っていたものでした。ズガイ船長が「持って行け」と言います。
「次の旅では、またそこに船員たちの絵を描いてやってくれ。あいつら、自分の絵が欲しいってうるさくてな」
ジュンは「分かりました!」と言って、スケッチブックを胸に抱きかかえます。
このスケッチブックは、ジュンと海賊団の繋がりが形になって現われたものなのです。いつどこへ行くときも、絶対に離さないでおこうとジュンは心に決めました。
「さあ、野郎ども! お宝の前に、まずはジュンの家に寄り道するぜ!」
「アイアイサー!」
船員たちのかけ声と同時に、船がゆっくりと向きを変えました。
その行き先にあるのは、日常です。けれどその毎日は、これまでとは少し違ったものになることでしょう。
これから先に待っている冒険への期待で、ジュンの胸は高鳴り続けます。そのドキドキとした音は、いつまでも静まることはありませんでした。
****
「しまった! もう朝じゃん!」
ジュンがおばあちゃんの家のリビングでお絵描きをしていると、悔しそうな声と一緒に、いとこのゲンくんが登場しました。
「せっかく流れ星、見ようと思ったのに! ……あれ、ジュン、もう起きてたの?」
「おはよう。昨日の夜は星がきれいだったね」
ジュンはクレヨンを置いて笑顔で挨拶しました。ゲンくんは「何だよー!」と頭をかきむしります。
「一人で見たのか、ジュン! 俺も起こしてくれたらよかったのに!」
ゲンくんの声があんまりにも大きかったものですから、家の人も二人が起きていることに気が付いたようです。「おはよう」と言いながらおばあちゃんがやって来ました。
「これから朝ご飯の支度をするところなんだけどね。二人とも、パンとご飯、どっちがいい?」
「俺はパン! ジュンもそうするだろ?」
ゲンくんが尋ねてきます。けれどジュンは首を振って、「ううん。僕はご飯がいい」と言いました。
「用意が終わるまで僕、絵を描いてるね。できたら声をかけて」
「絵って何の?」
「冒険の思い出だよ。僕ね……海賊になったんだ!」
そう言ってジュンは、手元にあったスケッチブックの中身をおばあちゃんたちに笑顔で見せました。
その日の朝食の席での話題の中心はジュンでした。夜中に幽霊船と遭遇したこと、その船に乗って冒険したこと、ジュンはその一つ一つを皆に語って聞かせます。
話を進める度にゲンくんは「すげー!」と感動したような声を出し、いつもは泣いてばかりいるメイちゃんもご機嫌そうに笑っていました。
旅の話が終わると、ジュンはまたお絵描きを再開します。皆で流れ星を見たときのことや、クラーケンを倒した瞬間を思い出しながら描くのです。
けれどスケッチブックのページ数は多く、描いても描いても終わりが見えてきません。
それに気が付いたジュンはレディ・ボーン号が空に向かって飛んでいくところを描いて、スケッチブックを閉じました。
ジュンは新たな目標を見つけたのです。それはこの真っ白なページ全部を、冒険の記録で埋めることでした。
それを叶えるには、まだまだたくさんのお宝探しの旅に出る必要がありそうです。
でも、いつか必ず目標を達成してみせるとジュンは決意していました。
だって、欲しいものは自分の力で手に入れるのが海賊だから。それがどんなに途方もないような願いでも、諦めてはいけないのです。
『ヨーソロ
ヨーソロ
進め 幽霊船』
不意に、どこからか歌声が聞こえてきた気がしました。ジュンの空耳でしょうか? それとも……?
「アイアイサー。今行くよ」
ジュンはスケッチブックを片手に立ち上がり、そう呟いたのでした。