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ミルクなし、シロップは一つ

作者: 砂上楼閣

少し背伸びして入った喫茶店。


飲めもしないのに頼んだコーヒーは、想像の何倍も苦くて。


笑いながら差し出されたハンカチと、スティックシュガーを今でも覚えてる。


恥ずかしくて、苦々しい。


けれど大切な思い出。


それ以来、僕が頼むのは決まってアイスコーヒー。


ミルクはなし、シロップは一つ。


…………。


外の気候なんて関係ない、快適な店内。


いらっしゃいの声が、おかえりに聞こえるくらいに繰り返し通った喫茶店。


カウンター席と片手で足りるテーブル席。


広くはなく、かといって狭さも感じない配置。


ゆったりとしたテンポの落ち着いた曲が流れていて、店に入ると外の喧騒とは隔絶される。


鼻腔をくすぐるコーヒーの香りを突き抜けて、席に座る。


今更案内もいらない。


僕は決まって入り口から一番遠いカウンター席。


これは初めてこの店に入った時から変わらない。


さほど待つことなく、目の前に置かれるアイスコーヒーのグラス。


もうブラックのコーヒーは飲める。


けれど頼まない。


意地でもスティックシュガーは使いたくない。


指先がかじかむような冬でも、頼むのはアイスコーヒー。


しょうがないなぁ、そんな顔をしているあなたにはきっとお見通しなんだろう。


いつもので


はい、いつものね


そんなやり取りですぐ出てくるアイスコーヒー。


もちろんシロップは一つ、ミルクはなし。


ゆっくりとかき混ぜて、一息つく。


はやる鼓動。


喉を通るアイスコーヒーが心地いい。


…………。


ここのアイスコーヒーは少し苦いけど、シロップ一つで十分過ぎるくらいに甘くなる。


静かで穏やかな時。


他に客の姿はない。


2人だけのゆったりとした時間。


これを何回繰り返してきたんだろう。


ただいま


おかえりなさい、いつものね


いつかそんなやり取りが繰り返されることを願って。


今日も僕はカウンター席に座る。


何度目かも覚えていないアイスコーヒー。


微笑むあなたの横顔。


喉が渇く。


アイスコーヒーを一口。


胸が高鳴り、体が火照る。


アイスコーヒーを一口。


口を開こうとして、また閉じて。


アイスコーヒーを一口。


そんな事を繰り返しているうちに、グラスは空になる。


グラスに残った氷を揺らす。


ゆっくりと息を吐いた。


おいしかったです


ありがとう、気を付けてね


何回も、何回も繰り返してきたやり取り。


店を出て、扉のベルの音が響く。


口の中に残るシロップの甘さと、喉の奥のほろ苦さ。


歩きながら余韻に浸る。


いつもの帰り道。


何度も繰り返した日々。


今日もまた途中で自販機に寄る。


お金を入れて、ボタンを押す。


ガタンと音を立てて取り出し口に落ちてきたのは缶コーヒー。


しばらく手のひらで弄んでから、缶コーヒーを開ける。


今日も変わらず、苦くて、苦くて、苦々しい。

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