処刑人の苦悩
男は代々続く処刑人の家に生まれた。処刑などそう頻繁にあるものでもないので、男の家は副業として畜産業を営んでいた。男は家畜を捌き、死刑囚を処刑する父親を見て育った。
男の父親は言った。
「もしも処刑することを厭うならば、人をこの豚だと思って殺しなさい」
それは処刑を生業とする人間が、自らの精神を守るための言い回しであったのかもしれない。
事実として、父親は人を豚のように思っていたわけではなく、そうとも扱っていない。
あくまで人として扱い、社会によって定められた刑罰に従って処刑した。その有り様は公正であり、世間一般に忌み嫌われる職業であったとしても、男は父を尊敬していた。
かくして男は育ち、父の後を継いで処刑人となった。
様々な人間を処刑した。人倫にもとる畜生のごとき人間がいて、環境に恵まれず、それを打破するために行動を起こした人間がいて、政治的に破滅した真人間がいて、罪をなすりつけられたであろう人間がいた。
彼らを処刑するとき、どうしてもそこに感情が入ってしまうことに男は気づいていた。
悪人を処刑するときはずいぶんと力んだし、処刑を終えた後は口角が上がりそうになった。落ち着いた後、そうした自分に吐き気がした。
悪人とは思えぬ人間を処刑するときは凄まじい罪悪感があった。手は緩めてしまったし、処刑を終えた後は数日眠れなかった。
そうした自分の不公正さに気がついたとき、男は父親の言葉を思い出した。そうして思い込むことにした。自らがこれより処刑する人間は、すでに人でなく畜生なのだと。畜生のすることに善悪の区別をつけることこそ愚かしく、みなみなすべて、ただ言われるままに「捌く」だけでよいのだ、と。
これこそが公正なのだ、と信じて。
そうして男が死刑囚を公平に畜生として捌くようになってから数年。
男は友人を処刑することとなった。
その友人の罪状は、曰く婦女暴行の末殺害、それも何人も、とのことである。弱者に対するあまりな暴力に世間は怒り、無論のこと極刑となった。
男の知るその友人は、そのようなことをする人間ではなかった。世間に曰く、それは隠していただけだ、と言う。
しかし男は知っている。友人が、処刑人の家に生まれた己と仲良くするような物好きであること。彼が己が自らの職業を憂うことを知り、盛んに別の職業を探してくれたこと。
自らにしてくれたそれらのことを男は忘れていない。そして、彼が優しかったのは己に対してだけではないことも。
男は処刑前夜、禁止されているとわかってなお、友人にひっそりと会いに行った。
友人は男の知る頃よりやつれていたが、その目に宿すキラリとした光は変わっていないように見えた。
「処刑人が死刑囚に会うというのはあまり良くないのではないかな」
「見定めようと思ったんだ、お前を。そして俺の目が馬鹿でなければ、お前はこのような罪は犯していない。そうだな」
「さて。ただ、社会に罪人として認められてしまったからには、僕はもう罪人でしかあり得ないよ」
友人は苦笑した。
「お前はそれでいいのか…?」
男の声は震えた。
「良いわけはないよ。ただ死ぬと決まっただけじゃない。こんな不名誉では、僕の家族にもきっと非難の目がゆくだろうからね。ただ、僕は少し生きることに疲れたんだ」
そう言う友人の目はしかし、どこか煌めきを残していた。
「ねえ。こうして会いに来てしまったんだ、僕の最後の願いを聞いてはくれないかい?」
男はしばらく黙ったのち、なんだ、と問うた。
「僕のようにこうして処刑される人間の、最後の言葉を聞いてやってほしいんだ」
男は断れなかった。
かくして友人は男の手で処刑された。男はこの時より、この友人に願いによって呪われた。
後世に、名処刑人と謳われる男がいた。前例のないことに、その男は、処刑の際、彼らの言葉に耳を傾け、惜しむようにして処刑したという。それはどの人間に対しても変わらず、その有り様は公正であった、との評判である。
後世、公正。