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第七話【7月17日・水曜日】

 放課後。

 

「雪~。カラオケの件、ファイナルアンサーはどうする?」

「いや、行かないって言っただろ」


 教室内でそんなやり取りを終えた後、一直線にボロアパートへと戻り、ドアを開ける。


「ただいま」


 そう言いながら靴を脱いでいると、何やらいい匂いが漂ってきた。

 これは……。

 

「あっ、雪くん。おかえり~」


 姿は見えないが、リビングの方から声が聞こえてきた。

 ゆうさん……ゆうの声だ。

 早速リビングへ移動すると、机には晩御飯が並んでいた。

 白米。

 焼き鮭。

 味噌汁。

 

「うわっ、すげぇ」

 

 思わずそんな声を上げてしまった。

 

「ふふっ。今日鮭が安売りされてたから、雪くんのために頑張って作っちゃった」

「早速食べて良い?」

「もちろん。雪くんが帰ってくる時間に合わせて作ったから」


 そう言ってゆうは、濡れた手をタオルで拭いてから床に座る。

 僕も鞄を壁際に置くなり、ゆうの正面に座って、

 

「じゃあいただきます」

「私も、いただきます」


 まず焼き鮭に醤油を垂らし、一口。

 

「……美味すぎる」

「もう雪くん。醤油使い過ぎ」

「このくらいがいいんだよ」

「せっかく塩で下味したのに」


 文句を言いつつも、どこか嬉しそうなゆう。

 

「そういえばゆうは今日何してたの?」

「えっとね。……目が覚めたら雪くんがいなかったからとりあえず歯磨きをして。それからこの部屋には本がたくさんあるから幾つか借りて読んでた。で、さっきスーパーで買い物をして今に至るかな?」

「なるほど、詳しくありがとう。……て、よく考えたら買い物のお金はどうしたの?」


 財布はずっと僕が持っていたはず。

 

「ごめん。ちょっと部屋のなかを探してみたら机の二重底のなかにへそくりみたいなのがあったから、500円だけ借りちゃった。もちろん使った分のレシートは取ってあるから」

「いや、それは別にいいけどさ。なんで二重底がわかったの!?」

 

 絶対バレない自信あったんだけど。

 

「ふふっ。あんなの誰でもわかるよ」

「ていうか、お金の入った封筒以外見ていない……はずはないよな」

「あの薄い本のこと?」

「いや、ちょっと待ってくれ。あれは違うんだ」

「別にいいよ。雪くんも男の子だし、持ってて当然だよね」

「本当に違うんだよ。説明させてくれ。あれはだな……好きなアニメのイラスト集が古本市場にあったから、特に中身も見ずに買ったんだよ。そしたらまあ……中身がちょっとあれだったから、置き場所に困っていたというか。なんか捨てようにも捨てれず、あんな所に」

「つまり、やましいから隠してたってことだよね?」

「断じて違う!」

「ふふっ」

「まあそれよりもだな……今後ゆうが使う分のお金を渡しておく必要はあるな」


 昨日はいろいろとあって、そこまで頭が回っていなかった。

 

「とりあえず一日500円あれば晩御飯は作れるけど」

「昼とかはどうするの? 僕は学校の購買のパンだけど」

「晩御飯の余りもので大丈夫」

「いや、それはなんか悪いし、とりあえず毎日1000円渡すから、それで晩御飯も含めてお願いできる?」

「でも……それだとお金足りなくなるよね?」


 僕の一ヶ月のお金は三万円。

 

「まあ、多分何とかなるにはなるけど、余裕がないのは確かだよな」

「じゃあ私が昼ごはんのお弁当を作ってあげよっか? その方が食費も浮くかもだし」

「けど朝起きられるのか?」


 するとゆうはしまったという表情で、

 

「……無理」

「無理なのかよ」

「ごめん。私本当に朝弱くて」

「まあ、それなら仕方ないよ。僕は100円のパンがひとつあれば大丈夫だから、やっぱり毎日のお金900円にしてもいい?」

「ううん、だめ。私なら700円でいいよ」

「それは助かるけど……」

「それに私は無理言ってここに居させてもらってるわけだし、贅沢は言えないよ。だから、お願い」


 あまり気乗りはしないけど、700円で抑えてもらえるのであれば助かるのは事実。

 

「……わかった。じゃあ朝、机の上に700円置いておくから、二人分の晩御飯も含めてだけど自由に使って」

「ありがとっ」


 それから二人別々にシャワーを浴び、数話ほどアニメを見た後で、一緒のベッドへ。

 布団に入っておよそ十分。

 

「……あぁ」


 眠れねぇ。

 昨日は疲れていたから割とすぐ眠りに落ちたけど、今日は違う。

 完全に目が冴えていやがる。

 

「ねぇ、雪くん。まだ起きてる?」


 僕はゆうに背を向けたまま答える。

 

「起きてるぞ」

「ちょっと抱きついてもいい?」

「ちょっ!? いきなり何言ってんの?」

「なんとなく人肌が恋しくなって……」


 そりゃー僕も引っ付きたいけどさ。

 

「まずいだろ。……ゆう裸だし」


 それからかなりの間、沈黙が続いた。

 

「……お願い。ちょっとだけだから」


 不意に放たれたその言葉からは、寂しさを感じた。

 まるで親の温もりを知らない子供のような。

 男女間での性欲からではないことは確かだった。

 ゆうは今寂しい思いをしているのだろうか。

 やはり訳ありなのだろう。

 もしかすると、親と喧嘩でもしているのかもしれない。

 それで周りに頼る人もおらず、僕の家へと逃げてきた。

 本当のところは知らないけど、とりあえずゆうは心細いのだろう。

 だとすれば、

 

「うん……い、いいよ」

「……ごめん、ありがとう」


 その言葉のあと、ゆうは本当にぎゅっと抱きついてきた。

 腕をお腹に回してきている。

 

「うっ……」


 思わずそんな声をあげてしまった。

 暖かい。

 僕は半そでのシャツと半ズボンを着て寝転がっているため、割と直接温もりを感じる。

 背中に当たっている柔らかいものは、言わずもがなあれだろう。

 寂しい思いをしているゆうを差し置いてこんなことを思うのは不謹慎かもしれないが、幸せだ。

 動物としての本能なのだろうか。

 ずっとこうするのを望んでいたかのような感覚がある。

 だが、決して間違いを起こしてはいけない。

 人間とは自我を保てる生き物だ。

 理性を失うわけにはいかない。

 そんなことを考えていると、後ろから小さい声が聞こえてくる。

 

「雪くんに引っ付いていると……やっぱり安心する」

「……やっぱり?」


 引っ付くのは初めてだと思うけど。

 どういうことだろう。

 昨日引っ付いたかな?

 あっ、そういえば朝抱きついてきてたっけ。

 となると、あれはわざとだったのか?

 そんな僕の疑問を察したのか、ゆうは少し腕の力を抜き、

 

「ううん、なんでもないから。気にしないで」

「……そうか」


 それから、気づくと僕は眠りについていた。

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