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第六話【7月17日・水曜日】

「雪。どれにするか決めた?」


 大きいおもちゃ屋のぬいぐるみがたくさん並んである棚の前にて。

 大人の女性が、三歳ほどに見える男の子に向かってそう声をかけた。

 雪と呼ばれたその子は、首を左右に振り、

 

「まだ!」

「そう。ゆっくり選びなさい」

「まだ!」

「ふふっ。そうね」


 会話になっていないが、男の子の年齢を思えばそれも無理はないだろう。

 少しして。

 

「これすき~」


 そう言いながら、かわいらしいくまのぬいぐるみに抱きついた。

 ぬいぐるみにしてはかなり大きく、雪と同じくらいだろう。


「……誕生日プレゼントはそれにするの?」

「すき」

「そうね。これにしましょ」





 目を覚ますと、見慣れた天井が視界に入ってきた。

 

「……夢か」


 とても懐かしい光景だった。

 ぬいぐるみのくまさんを買った時の記憶は、今でもうっすらと覚えている。

 とても大好きだった。

 そう……昔はずっと一緒にいた。

 ご飯や、ベッドのなか。

 お風呂に入れてお母さんに怒られたこともあったな。

 でも中学生になって読書にハマって以降、遊ぶことはなくなったんだっけ。

 

「そういえばあのくまちゃん。もう何年も実家の物置に放置したまま……か。どうして今更こんな夢を見たんだろうな」


 とそこで、体がいつもより暑くて重たいような気がした。

 まさかと思い布団を捲ってなかを覗いてみると、裸のゆうが僕に抱きついて寝ていた。

 

「あぁ、幸せ……じゃなくて! 付き合ってもいない男女がこれはまずいだろ」


 僕は息子が元気になる前にゆうの腕を避けてベッドから起き上がると、台所に移動して歯磨きを済ませる。

 基本的に僕は朝ごはんを食べないため、歯磨きをした後はトイレを済ませてすぐに制服へと着替えた。

 

「どうしよう。一応ゆうを起こした方がいいかな? 目を覚まして部屋に誰もいなかったら不安になるだろうし」


 そうつぶやきつつベッドに向かい、ゆうの肩を揺する。

 

「ゆ、ゆう。おはよう」


 だが、起きる気配はない。

 まさかこの子、朝が弱いタイプか?

 

「えっと、おーい。僕は学校に行くからな?」

「……うぅ……う~ん」


 寝返りを打ちながらそんな声を出しているゆうを見て、僕は一度頷き、

 

「ま、いいか。じゃあ行ってきます」



 

 

 学校に到着。

 教室に入るなり僕は真っ先に自分の席へと座り、鞄から本を取り出す。

 運の良いことに、僕の席は窓際の一番後ろだ。

 教室という空間のなかで一番読書に集中できる場所だろう。

 僕が本を開いた瞬間、

 

「雪、ハレーションしてるねぇ~」

 

 友人の陽介(ようすけ)が声をかけてきた。

 僕は一度ため息を吐いて本を閉じ、

 

「相変わらず朝から元気だな。……で、僕のどこが悪影響なんだ?」

「昨日のアニメの最終回、マジ、カタルシスだわ~」


 こいつは基本的に自分の言いたいことだけを喋る奴である。

 こっちの質問なんてほとんど無視だ。

 たまにちゃんと会話してくれる時も、あるにはあるけどな。

 

「はぁ……。お前マジでイケメンなのに、もったいないよな」


 いわゆる残念イケメン。

 長身で顔立ちもいいのに、この性格ときている。

 

「雪~。今アセットどのくらい? バッファある?」

「高校に入って一年以上お前と一緒に過ごしてきたお陰で、難しい言葉がほとんどわかるようになっている僕がいる。……まあ、お金に余裕はあるけど、どうしたんだ?」

「プライオリティ高めの提案したいんだけど、OK?」

「内容によるな」


 すると陽介は少し難しい顔をし、顎に手を当てて口を開く。

 

「明日カラオケ行かない?」


 ……あれ?

 カラオケってどういう意味だっけ?

 聞き覚えはあるんだけどな。

 まあ思い出せないものは仕方ない。

 陽介に聞いてみよう。

 

「すまん。カラオケってどういう意味?」

「……そんなことも知らないのかい? 蒙昧だね」

「教えてくれ」

「カラオケって言ったら、歌を歌うところじゃないか。そんなことも知らないとは、本当に俺の友達かい?」


 もしかすると友達じゃないのかもな。

 それはさておき、カラオケって……あのカラオケね。

 

「お前が難しい言葉ばかり使うから、なんかカラオケがおかしく聞こえたんだよ」

「で、アンサーの方は?」


 どうしようか。

 たまには大声で歌いたいという欲求もあるけど……今日は家にあの子がいるし。

 早く帰って様子を見たいな。

 そういえば何も伝えずに出てきたわけだし。

 というわけで、

 

「悪い。今日はちょっと厳しい」

「……なるほど。ひとまずメイクセンスしたよ。つまりペンディングってことだよね? じゃあ放課後にまた聞くから」


 そういうなり、陽介は前の方にある自分の席へと戻っていく。

 

「いや、行かないっつってんだろ」


 小さくそうつぶやきつつ、僕は軽く笑みを浮かべて読書に戻る。

 基本的にうざい奴だが、本気で嫌いなわけではない。

 僕が陽介に出会ったのは、高校の入学式の日だった。

 休み時間にて。

 元々人と接することが苦手だった僕は、中学生時代の同級生が数人いるというのもあり、特にデビューをするわけでもなく机に座って静かに本を読んでいた。

 そこで他校からきた別のクラスのヤンキーみたいな奴に「うわっ、表紙きもっ!」と言いながら本を取られ、クラス中に見せびらかされたのだ。

 本を雑に持たれて嫌だったし、何より怖かった。

 そんな時、陽介がきた。

 陽介はヤンキーの胸倉を掴み、「お前なに調子乗ってんの? シメるよ?」と言って、本を取り返してくれたのだ。

 ヤンキーは最初陽介に暴力をふるおうとしていたのだが、先に陽介がヤンキーを床に転ばせて、首元を上靴の底で踏みつけていた。

 それからすっかり大人しくなったヤンキーは自分のクラスへと戻っていき、それ以降僕たちのクラスへと足を踏み入れることはなくなった。

 それから二年生になって、再び同じクラスになった僕と陽介はよく話をしているのだが、他の生徒からの視線は冷たい。

 おそらくみんな陽介を怖がっているんだと思う。

 まあそれも無理はないだろう。

 あの時の陽介は、本当に怖かった。

 髪を染めて、太いズボンを穿いていたヤンキーなんて話にならないほど。

 あまりにも圧倒的な存在。

 戦えば万にひとつの勝ちもないだろう相手。

 普段から仲良くしている僕ですら、それは本能的に感じ取っている。

 だが、優しくてお調子者なのも事実だ。

 僕はそんな陽介を知っている。

 だから、僕はそんな陽介が嫌いじゃない。

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