第四話【7月16日・火曜日】
浴室から出ると、彼女は台所に立って作業を行っていた。
洗い物をしてくれているらしい。
僕は彼女の隣へと向かいつつ、
「今日は何を作るの? スーパーで買ってたものから考えるに、鶏肉の照り焼きかな?」
「うん、正解! あ、棚のなかにあったお米を勝手に研いで炊飯器に入れちゃったけど、よかったかな?」
「いいよ。むしろ用意してくれてありがとう」
「いえいえ」
それから彼女は続けて、
「なんにせよまだお米が炊けるのに時間がかかるから、ゆっくりしてて」
「じゃあそうさせてもらおうかな」
そう返答し、僕は机の上に教材を広げて宿題に取り掛かる。
数十分後。
結論から言うと、夜寝る前のことを考えるばかりしてしまい、終えるのにいつもより時間がかかってしまった。
宿題を終えて三分ほどスマホでネット小説を読んでいると、炊飯器から音が鳴る。
どうやらご飯が炊けたらしい。
台所を見てみると丁度おかずが完成したらしく、二枚のお皿に盛り付けているところだった。
ご飯が炊ける時間に合わせて料理を行ったのだろう。
全部用意させるのも申し訳ないと思い、僕は食器棚からお椀を二つ取り出してご飯をよそう。
「あっ、雪くん。ありがと」
「こちらこそ。こんな美味しそうな料理は久しぶりだよ」
「そう言ってくれて嬉しい。……でも、もしスーパーの惣菜よりも不味かったらごめんね」
「そんなことはないと思うけど」
僕は二つのお椀を机の上に置き、床へと座る。
同時にメイン料理の鶏肉の照り焼きが到着。
もう待ちきれない。
彼女が座るのと同時に、僕は両手を合わせて口を開く。
「いただきます」
「うん、私もいただきます」
一人暮らしを始めて結構経つため、いただきますと口に出すのは久しぶりだった。
まず最初に照り焼きを一口。
「うわっ、美味っ!」
僕が思わずそう口に出すと、彼女はニコッと笑い、
「実は料理をするのは初めてだったから不安だったんだけど……雪くんの口に合ってよかった」
何だって?
「え、初めて? でもさっき得意だって」
「あの時は自分を売り込まないと泊めてもらえないかと思って必死だったの。でも、よくお母さんが料理をしている姿を見てたから、その通りにしてみたらちゃんと上手くいって安心したよ」
「そうだったのか。……にしてもこの料理、なんか懐かしい味がする」
「そっか」
照り焼きを食べた瞬間、照り焼きからどことなく母親の面影を感じた。
まさかこの子は僕のお母さんなのではないかと思ったが、そんなわけはないとすぐに首を左右に振る。
なんせ僕のお母さんはまだ生きているし、もちろんこんなにかわいらしい見た目ではない。
仮に天と地が逆さまになっても見違えることはないだろう。
「それよりさ。ゆうさんって何か趣味ある?」
「ゆうでいいよ」
「あ……うん。で、……ゆ、ゆうって何か趣味ある?」
未だに名前呼びが慣れない。
「う~ん、特にはないかな」
顎に手を当て少し悩みつつも、彼女はそうつぶやいた。
「じゃあ普段何してるの? 勉強とか?」
「ううん。テレビを見てたり、本を読んでたり……くらいかな。そういえば雪くんの部屋って、テレビないんだね」
「うん、最近はスマホがあれば特に困ることはないし」
「それもそうだね」
「……あっ。ゆうさんがこの部屋で過ごす以上、何かやることがないと暇だよな?」
「ゆうって呼んで」
どうしても呼び捨てにさせたいらしい。
「……ゆうがこの部屋で過ごす以上、何かやることがないと暇だよな? 僕は少なくとも今週いっぱいは学校があるし」
そんな僕の問いかけに、彼女……ゆうは首を左右に振り、
「気を使わなくても大丈夫だよ。私は夜だけでも雪くんと一緒にいられたらそれで幸せだから」
「そ、そっか」
とても嬉しい言葉だったが、やはり僕は不思議に思わずにはいられなかった。
どうしてそんなに僕のことを良く思っているのか。
そしてなぜここまで自分に好意を寄せてくれている女の子の記憶がないのか。
考えてもわからない。
それから他愛もない会話をしつつやがて食べ終わると、ゆうは洗い物に取り掛かり始めた。
僕は床に座ったまま、台所に向かって話しかける。
「そういえば……ゆ、ゆう」
「どうしたの? 雪くん」
「幼馴染だって話だけど、僕たちって昔どんなことをして遊んでいたの?」
ゆうは洗い物の手を止めることなく、
「えっとね。よく一緒にテレビでアニメを見てたかな。それと絵本も読んだこともあるよ」
なるほど。
全く記憶にないが、ゆうがそう言うのであればそうなのだろう。
「じゃあ洗い物が終わったら……えぇっと、一緒に僕のスマホでアニメ見る?」
するとゆうはこちらを振り向き、
「うん! 見たい!」
「わかった。じゃあどんなのがいい?」
「う~ん。雪くんおすすめのやつでいいよ」
「そうだな……。ちょっと考えてみる」
「楽しみにしてるね」