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第三十四話【8月14日・水曜日】

 ゆうの願いで、公園に遊びにきていた僕たちは、夜遅くまでベンチに座って会話をしていた。

 まだゆうの寿命までは時間がある。

 

「さてと、次はどこに行きたい? 電車に乗ってどこか海が見える場所にでも行ってみるか?」


 そう聞いてみると、ゆうは首を左右に振り、

 

「ありがとう。でも私、雪くんの、部屋がいい」

「……でも、砂浜から見る夜の海ってすごく綺麗らしいよ?」

「雪くんの部屋でね、二人きりで、お別れしたい……かな」


 その言葉を聞いて、僕は胸が熱くなり、涙が出そうになった。

 だけど、堪える。

 僕が笑っていないと、ゆうまで悲しくなってしまう。

 そしたら楽しくお別れできない。

 僕は鼻から思いっきり息を吸い、

 

「わかった。帰ろう」

「うん」


 ゆうをおんぶし、ボロアパートへと帰宅した。

 リビングに入ってエアコンのスイッチを押すと、ゆうが背中でつぶやく。

 

「裸になりたい」

「ゆうって本当に裸が好きだよな」

「うん、落ち着くの。もともと、ぬいぐるみ……だからかな?」

「かもしれないな」


 そう返答しつつゆうをベッドへと降ろし、ゆっくりと服を脱がせていく。

 

「私の身体、綺麗?」

「ああ。僕が今まで見たきた女性の裸で一番綺麗だよ」

「……何人の、裸見たの?」


 ゆうが怒ったような顔をする。

 

「一人です」

「……ふふっ。雪くん、モテないね」

「別にいいんだよ。僕にはゆうがいるから」

「……ありがと」

「今日は楽しかったな」

「うん。……雪くんが、昔食べてた、グリちゅ~! あんな味だった、んだ」

「あれ? 今まで食べたことなかったの? 僕、何度かぬいぐるみのゆうに食べさせようとして口に引っ付けたりしていたんだけど」


 ゆうは微笑んで、

 

「食べられるわけ、ないよ」

「まあそうだよな」


 それからしばし無言でゆうの服を脱がせていき、やがて裸になった。

 布団を掛けてあげる。

 

「雪くんも脱いで」

「……恥ずかしいですわ」

「裏声、上手だね」

「まさか褒められるとは思わなかった。なんか恥ずかしい」

「裸の、雪くんに、抱きつかれたい」

「了解」


 僕はゆうに見つめられながら服を脱いでいく。

 そして裸になるなり、ゆうの横に寝転がって抱きついた。


「ゆうの身体あったかい」

「雪くん、あったかい」

「にしても今日は疲れたな」


 ちょっと気を抜いたら寝てしまいそうだ。

 だが、絶対寝るわけにはいかない。

 最後の、その時まで。

 

「やっぱり、私、重かったんだ」

「いいや、軽すぎて疲れたんだよ。だから気にすんな」

「ふふっ。意味、わかんない」

「僕もわからん」

「……雪くん。あの時のこと、覚えてる?」

「覚えてるぞ」

「……じゃあ、言ってみて」

「ゆうがアニメを見て大号泣してた時だろ?」

「ちがう。……小さかった、雪くんが、私を買って、くれた時の、こと」

「あ、ああ。なんとなくだけど覚えてるよ。三歳の誕生日プレゼントに何かひとつ好きな物を買ってもらえるって言われて、僕はゆうを選んだ」

「すごい。……かなり昔のこと、なのに」

「ちょっと前に夢で見たからな」

「……」

「……ぬいぐるみのゆうを買ってからは、いつも一緒だったよな」

「うん」

「公園で一緒に遊んだり」

「うん」

「夜中にベッドでこっそりゲームをしていたり」

「覚えてる」

「一度お母さんに向かってゆうを放り投げたこともあったっけ。……なんであんなことしたんだろ。多分お母さんにイラついてたんだろうけど、詳しくは覚えてない」

「あれはね、ゲームが見つかって、没収された時だよ」

「へぇ、よく覚えてるな」

「うん」

「家族でピクニックに行くときも、一緒だったよな」

「その時に、グリちゅ~! を口に当てて、きた」

「そうだったんだ……」

「……雪くん」

「ん?」

「…………雪くん」

「どうした?」

「……雪く」


 その瞬間、ゆうの目から一粒の涙が零れた。

 僕は黙ってゆうの言葉を待つ。

 ゆうは目を閉じて、


「私ね、本当はもっと……生きたい」

「……うん」

「せっかく、雪くんと、久しぶりに会え、たのに」

「そうだな」

「やっと……遊んでもらえた、のに。……せっかく、同じ人間に、なれたのに」

「……」

「お別れ、したくない」

「……僕もだ」

「一緒に、花火とか見てみた……かったな。海の砂浜で、お城作りたかった……。山に登って、星を見たり……」


 ゆうは鼻水をズズッと吸い込むと、目から涙を零しながら再び口を開く。

 

「もっと、雪くんの、腕のなかに……いたかった」

「まだ時間はあるから、大丈夫」

「雪くんと、一生、仲良く暮ら……したかった」

「……」


 胸が熱くなってきた。

 今すぐにでも涙が出そう。

 でも、堪えるって決めたから。

 ゆうとお別れする最後の時まで。

 

「どうして今日、消えなきゃ……いけないの?」

「仕方ないだろ。契約なんだから」

「私、何も悪いこと、してないのに」

「知ってる」

「……雪く──ゲホッ!」


 ゆうが咳き込んだ。

 

「落ち着いて。大丈夫だから」

「ぐすっ。……私、雪くんが小さい、時からずっと……見てきて、ずっと、大好きだった」

「ありがとう」

「けど、中学生になって、遊んでくれなく、なった時は……寂しくて、辛くて」

「……ごめん」

「ううん、ぬいぐるみって、そういうものだから。それは、わかってた」

「……そっか」

「……雪くん…………抱きしめたいよ。……もう一度、だけで……いいから。動いてよ! ……私の腕、なのに。私の身体、なのに」


 ゆうは顔をしかめて、必死に動こうとしている。

 しかし首元が動くだけで、胴体が動く気配はない。

 

「もういいから」

「よくないよ! 私も、雪くんに、好きを伝えたい」

「もう伝わってるって」

「まだ……まだ、だもん」

「ゆうの分、僕がもっと抱きしめるから」


 そう言って、腕の力を強める。

 

「……雪くん。泣いてる」


 そう言われて、顔に神経を集中させてみると、確かに涙が伝っている感覚がした。

 耐えていたつもりだったのに。

 いつの間にかあふれていたらしい。

 

「……雪くん。ごめんね、私のせいで、辛い思いをさせて」

「ゆうのせいじゃない。……だから、謝るなよ」

「うぅ……ゆぎ、くん」

「ゆうこそ、さっきからめちゃくちゃ泣いてんじゃん」

「だって……だって! 雪くんが、優しすぎる、から」

「僕はこういう人間なんだよ。昔から」

「……知って、る」


 それから僕は、ずっとゆうを抱きしめていた。

 ありったけの自分の思いを伝えながら。

 あふれ出て止まることのない涙を流しながら。

 




 その時は突然訪れた。

 

 抱きしめていたはずのゆうの身体が、まるで存在していなかったかのように消えた。

「……さよなら」という言葉を残して。

 

 僕は疲れ切っていたのか、気づくと眠りについていた。









 それ以降、ゆうに関する全ての記憶が消去された。

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