第三十ニ話【8月13日・火曜日】
僕は近くの公園まで足を運んでいた。
ゆうと一緒に遊んだ、あの公園である。
辺りは真っ暗で、街灯だけが頼りだ。
僕はベンチに腰を掛け、一度ため息をつく。
……ゆうの寿命はあと二日。
つまり、ゆうという存在がなくなるということ。
僕はくまのぬいぐるみはもちろん、ゆうが大好きだ。
でも、それもあと二日。
実質ほぼ一日だろう。
……もっとゆうと一緒にいたい。
まだやりたいことがたくさんあったのに。
くそっ、どうしてそんな契約結んだんだよ!
僕はくまのぬいぐるみが大好きだった。
現に実家まで探しに行ったし。
「……いや、違う」
僕がくまのぬいぐるみを探そうと思ったのは、くまのぬいぐるみを買う光景が夢に出てきたからだ。
そして夢を見たのは、おそらくゆうと出会ったから。
それまで、完全にくまのぬいぐるみなんて忘れてたんだ。
くまのぬいぐるみが好きだったことを思い出させてくれたのは、まぎれもなくゆうだ。
だけどゆうはくまのぬいぐるみで……。
ああ、なんか何考えてんのかよくわからなくなってきた。
「なんで、ゆうは人間じゃないんだよ」
死ぬまでずっと一緒にいたいと思っていた。
焼けるくらい好き合って子どもを産んで。
その子が成長して、巣立っていったあと、二人でのんびりと余生を過ごしたかった。
だけど、それは叶わない。
ゆうの寿命は残り僅かなのだから。
「くそっ! なんで僕たちがこんな目に……」
「あれ? 雪?」
不意にそんな声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声だ。
声の主のほうを向くと、そこにはやはり残念イケメンがいた。
「陽介?」
「こんな夜中に、どうしたの?」
そう言いつつも、こちらへと近づいてくる。
「ちょっといろいろあってな。それよりなんで陽介がここに?」
「いやぁ、ついさっき二股がバレちゃってさ。どっちからも捨てられた感じ」
バレたんかい。
陽介は一度ため息をつき、続ける。
「で、ちょっと頭を冷やそうと思って歩いてたとこだよ」
「自業自得だな。欲張ろうとするからいけないんだ」
「雪こそ。夜に散歩ってことは女関係のトラブルでしょ?」
陽介とは重みがまるで違うけどな。
「まあな。……てかお前今日全然難しい言葉使わないけど、どうしたんだ?」
「彼女たちからうざいって言われるばっかりするから、もうやめようかと思ってる」
「……それが良いと思う」
にしても、陽介といると気分が少し楽になるな。
「で、雪は何があったんだい? 俺でよければ話を聞くけど?」
とはいっても、本当のことを話すわけにはいかないよな。
どうせ信じてもらえないだろうし。
馬鹿にされて終わりそうだ。
というわけで、それっぽく話してみよう。
「……なんというかさ、彼女がいなくなってしまうような気がするんだよ」
「……それだけ?」
陽介は目を開いてこちらを見てくる。
「それだけ……だけど」
「じゃあいいじゃん。まだいなくなってないんだし」
「……」
「両手の花をなくした俺がいうのも説得力ないかもしれないけどさ、とにかく彼女のやりたいようにやらせてみれば? それで嫌われるんなら、もう仕方ないでしょ」
その言葉は僕の胸にスッと入ってきた。
彼女のやりたいように……か。
「なるほどな」
考えるべきはゆうの正体や、未来を想像してくよくよすることじゃない。
残りの時間を、ゆうと一緒に楽しく過ごすことだ。
少しでも有意義になるなら、それは僕にとっても、ゆうにとっても良いはずだから。
「……さんきゅー、じゃあな陽介」
「えっ、もう行くの?」
「ああ、やることができたわ」
「……ファイト、スノウ!」
「おう!」
決めた。
残りの時間で、僕はゆうのしたいことを全部やらせてあげよう。
遊園地に行きたいと言えば連れて行くし、パフェが食べたいと言えば喫茶店に行く。
お金のことなんて惜しまない。
ゆうの身体が思い通りに動かないのなら、僕がおんぶすればいいじゃないか!
待っているのは絶望なんかじゃない。
部屋に帰ると、ゆうはもう眠りについていた。
ゆうのお願いを聞くのはまた明日だな。
僕はいつも通り服を脱いでゆうに抱きつくと、そのまま眠りにつく。
裸になるのは、ゆうが少しでも僕の肌の温もりで安心してくれればと思ってのことである。




