第三十一話【8月13日・火曜日】
次の日。
8月13日、火曜日。
ゆうの両腕が一切動かなくなった。
更に、足の調子も悪くなってきたとのこと。
多少歩けてはいるが、腕が全く動かせないとのことで、僕がご飯を食べさせている。
そしてこの日の夜。
同じベッドに入って寝転がっている僕は、我慢の限界がきてとうとう尋ねることにした。
「なぁ、ゆう」
「……なに? 雪、くん」
「本当のことを教えてくれ」
「えっ……」
「絶対普通じゃないだろ、この状況は」
「……うん」
「なぁ、ゆう。……君は一体どうなっているんだ?」
「私は……私だよ」
「そうじゃなくて、ゆうの正体が知りたい。それとも、病気か何かを患っているのか?」
「違うのっ」
「そうは思えないから、聞いているんだ」
「普通……だよ?」
「違う」
「……ちゃんと、普通、だもん」
「頼むから教えてくれよ!!」
思わず大きい声を出してしまった。
その瞬間、彼女の頬から一粒の涙が零れてきた。
「わ、私! ……普通だ、もん!」
「その……怒鳴っちゃってごめん。でも、僕はゆうのことが大切なんだ。ただ単に今、調子が悪いだけなら、それに越したことはない。仮に何か重たい病を患っていたとしても、僕はずっとそばにいたい。……知ってるか? 現代日本の医療機関ってすごいんだぜ? …………だけど、これ以上ゆうに嘘をつかれるのは嫌だ。……だから頼む。隠していることを話してくれ」
「……わかった。本当は、何も言わずに、去ろうと思って……たけど、嘘をつき続けるのは……もう辛いよ」
「……」
「聞いて、くれる?」
「ああ。聞くよ」
それから二分ほどの間が空き、やがてゆうが意を決したかのように口を開いた。
「私、くまのぬいぐるみなの」
一瞬何を言われたのかわからなかった。
僕はゆうの言葉を何度も反芻する。
「…………ぬいぐるみ?」
「うん。昔雪くんが、持ってた……ぬいぐるみ」
「嘘だろ?」
「ほんと、だよ」
「……」
「びっくりするよね、信じられ、ないよね」
「いや、信じるよ。実はちょっと前からそんな気はしてたんだ。あり得ないだろうと思ってその考えは捨ててたんだけどさ」
「雪くんが、中学生に……なった頃かな? ──」
ゆうはゆっくりとした口調で、必死に今まであったことを説明してくれた。
要約するとこうだ。
僕が中学生になった頃。
だんだんと遊ばなくなっていったせいで、くまのぬいぐるみは物置で寂しい思いをしていた。
薄暗い物置の中で、ずっと願っていた。
雪くんと遊びたい。
雪くんともっとくっつきたい。
雪くんと一緒にいたい。
そんなある日、神様の声が聞こえてきたらしい。
【私はこの世界の神だ。……お前の願いは雪くんと一緒にいること。その願い、叶えてやらんこともないぞ? お前を人間の女の子に変身させる代わりに、その寿命は今から一ヶ月後の8月15日の0時までとさせてもらうがな。残念ながら、ぬいぐるみを人間の体にすると魂に大きな負担がかかる。ゆえに長生きはできん。つまりお前は人間の身体とぬいぐるみの身体の両方を失うということだ。その後、魂がどうなるかはわからん。……どうする? 人間の女の子になってみるか?】
それに対し、くまのぬいぐるみは数分悩んだ末に了承した。
するとその瞬間、押し入れのなかでかわいらしい女の子の姿に変身したという。
それから僕の両親にバレないように家から出て、名前などを考えながらも、雨のなか僕の住んでいるボロアパートまで歩いたらしい。
どうやら物置にも僕と両親の話し声は聞こえていたらしく、引っ越し先は記憶していたようだ。
で、話に聞いていた通りのボロアパートに到着し、しばらく座って待っていると、僕がきた。
「──それでね、本当だったら、最終日の夜に……こっそり、いなくなろうと……思っていたの」
「……」
「でも、身体は、こんなだし。何より……雪くんに、嘘ついたままは、辛い」
僕は寝返りを打ってゆうに背を向けつつ、
「……つまりさ、ゆうの寿命は今日を入れてあと二日ってことか?」
「うん」
「そっか。……話してくれてありがとう」
「うん」
「ちょっと頭を冷やしたいから夜風に当たってくるよ」
「……うん」
僕は布団から出て服を着ると、玄関へと向かう。
「早く……帰って、きて」
そんな声を聞きながら。




