第三話【7月16日・火曜日】
ひとつの傘に二人で入り、雨のなかスーパーへ行くことになった。
初めての相合傘である。
ボロアパートを出て、歩行者道路を歩くこと数分。
「あの。ゆうさんに一応聞いておきたいんだけどさ」
「ゆうって呼んで」
「……ゆうさんに聞きたいこと──」
「──ゆうでいいよ」
話が進みそうにない。
恥ずかしいけど我慢するか。
「わ、わかった。……えぇっと、ゆうに聞いておきたいんだけどさ。結局どうして僕のもとを訪ねてきたの? まさか家出とか?」
サイズの合っていないクロックスや、雨の日なのにも関わらず傘も持っていなかったことから考えるにその可能性は十分にあった。
だが彼女は首を左右に振り、
「ううん。最初も言ったけど、雪くんに会いにきたの。私の通ってる学校はもう夏休みに入ったから、長期休みに何か特別なことしたくて何かないかな~と考えてたら、不意に昔よく遊んでた雪くんのことが頭に浮かんじゃって。……それでいろいろと調べてここまできちゃった」
「へぇ。そうなんだ」
「それでね。お願いがあるんだけど」
ま……まさか。
泊まるところがないから、僕の家に泊めて欲しいとか言わないよな?
「なに?」
「夏休みの間、私を雪くんの家に泊めて欲しいのっ!」
予想が当たった。
「マジですか?」
「もちろんずっとってわけじゃないんだけど……えっと、夏休みの中旬くらいまででいいから、一緒にいたくて」
聞く限り、かなり無茶な計画である。
何も持たずに、昔の幼馴染が一人で暮らしているアパートへとアポなしでやってきて、一ヶ月ほど泊めてもらうように頼み込む。
僕は傘を持っていない方の手で頭を掻きつつ、
「遊ぶ程度ならいいんだけど……。その、年頃の男女が二人で何日も一緒の部屋に泊まるのはどうかと思うよ? 僕だって男だから何をするかわからないし」
「……私、雪くんにだったら別に」
その言葉を聞いて、僕は思わず顔を赤くしてしまう。
「えっ、それって」
「ふふっ、冗談だよ」
冗談なの?
「……そ、そうだよね」
「で……どうしてもだめ?」
本音を言えば泊めてあげたい。
というか泊まってほしい。
だけど、正直、こんなにかわいい女の子とひとつ屋根の下で何日間も理性を保てる自信がなかった。
いつ夜這いをしてしまってもおかしくはない。
更に仲良しな子であればともかく、相手はよく知らない相手である。
本人曰く、幼馴染らしいが。
「う~ん、どうしようかな。……僕は一人暮らしで、実際泊めてもいいんだけど……その、異性同士だし」
「もちろん、泊めてもらう間は家事は私がするから……お願い」
その言葉で、僕の心は傾いた。
家事をやってもらえるという提案は非常に魅力的だ。
一人で全部やっていたらそれなりに大変なんだよな。
それこそ、自炊しなくなるほどに。
だから細かいことは置いといて、泊めてあげるとしよう。
まあ仮に家事をやると言われなくても、かわいい女子と二人で一緒に過ごせるならと、悩んだ末に結局OKを出していたと思うけど。
「うん、わかった。じゃあこれから数日間よろしく」
「ほんとっ!? ありがとう! 私、雪くんのために頑張るから」
そう言って、僕の腕に絡みついてきた。
僕は動揺を隠すように、彼女とは反対方向を向いて、
「こちらこそ、なるべく迷惑かけないようにする」
「ううん、別にかけてくれてもいいよ。私は居候させてもらう身だし」
「そんなわけにはいかない」
そんな会話をしているうちに、いつものスーパーへ到着した。
今日はいつもよりかなり早い時間帯にきているため、辺りの夕暮れに違和感がある。
スーパーのなかに入ってかごを手に取りながら、彼女が口を開く。
「そういえば雪くん。お金ってどのくらい持ってるの?」
「ああ、言い忘れてたな。……僕は毎月親から家賃とは別に三万円仕送りしてもらってるから、一ヶ月三万円以内で押さえられる程度であれば、使っても大丈夫」
食事を節約すればその分趣味や遊びに回せるため、僕は普段からあまりご飯を食べないようにしてる。
太ることもないし、お金も貯まる。
良いことずくめだ。
「結構難しいね。……でも任せて! 私、料理には自信あるから、節約しながら美味しいものを作ってあげるね!」
「うん、楽しみにしてる」
やがて買い物を終え、僕たちはボロアパートへと帰宅した。
玄関に入るなり、彼女は笑みを浮かべて僕の肩を叩いてくる。
「ねぇ、雪くん」
「ん?」
「ご飯にする? お風呂にする? それとも……私?」
!?
まさかこのやり取りを体験できるとは。
「じゃ、じゃあ……ゆうさんにしようかな」
すると彼女は顔を真っ赤にしつつ、
「……わかった。でも、そうしたらもう一度シャワーを浴びてもいい? 外歩いたし」
「い、いや。冗談だから! ご飯をお願い」
「えっ」
「ゆうさんがご飯を作っている間に僕はシャワーを浴びてくるから。じゃあね」
そう言い残し、僕は逃げ込むようにして浴室へと移動した。
シャワー室にて。
シャンプーで髪を洗いながら、僕はつぶやく。
「まさかOKされるとは思わなかったな。……にしてもさっきの、本気だったのかな?」
同世代くらいの子、ましてや自分好みの女の子とやれるのであれば、それほど嬉しいことはない。
だが甲斐性なしの僕は、向こうが承諾してくれたのにも関わらず逃げてしまった。
「けど、あとからそんな雰囲気になるかも」
そう言った直後、そういえばベッドがひとつしかないことに気づく。
更に布団もひとつしかないため、どちらか一人は床にそのまま寝る必要がある。
「……僕だろうな」
女の子を床で寝させるわけにはいかない。
それは僕のなかで譲れないことだった。
でももしかしたら、一緒のベッドで寝られたり……なんて。
「まさか初体験の日が今日だなんて言わないよな?」
夢にまで見た日。
だが、こんなに早いとは思っていなかった。
「いや、変に期待するのはやめよう」
そもそも出会って初日の女の子と初体験なんておかしい。
しないのが普通だ。
雑念を払うようにシャワーからお湯を出して頭のシャンプーを洗い流していく。
その後、なんとなくいつもより念入りに体を洗った。
意識なんてしてないんだからねっ!