第二十話【7月24日・水曜日】
「あの滑り台。先に滑り終えた方が勝ちね」
ブランコを下りた瞬間、ゆうがそう言いながら走り出した。
「おい、ずるいぞ」
「ふふ~ん」
と、その時!
「あっ!!」
ゆうが声を上げながら転んだ。
「ゆう!?」
マジか。
どうしよう。
僕は辺りを見渡す。
だが誰もいない。
いや、人を探してどうするんだよ。
僕が行かないと。
「大丈夫か!?」
急いでゆうのもとに駆け寄る。
ゆうは自力で立ち上がりながら、
「えへへ、ごめん。ちょっと躓いちゃった」
「怪我は? どこか痛くないか?」
「大丈夫だって。……転んだだけだし」
「いや、でも……」
まあ確かに、見た感じ怪我はない。
だけど、心配だ。
「雪くん。心配しすぎ」
「……うん」
「じゃあ私先に滑り台行ってるね」
そう言い残し、ゆうは滑り台に向かって歩き始める。
「……」
そんなゆうの後ろ姿を見て、僕は何か嫌な予感を感じた。
あれ?
なんだろう、この感じ。
心の底から不安が押し寄せてくるような、そんな感覚。
「……ゆう?」
彼女は怪我をしていない。
今も真っすぐ歩いている。
特に問題はないはずだ。
「なのに……なんで僕はこんなに不安なんだよ」
気のせいだよな。
うん、きっとそうだ。
女の子が怪我をする場面を間近で見たから、慌ててしまったんだろう。
自分にそう言い聞かせ、僕はゆうのもとへと向かって歩みを進めて行く。
その後、一緒に遊び、一緒にお弁当を食べ、本当に楽しい時間を過ごした。
そして夕方。
「今日は楽しかったね、雪くん」
アパートまでの帰り道、ゆうが嬉しそうに言った。
「ああ、楽しかった。……なんか久しぶりに体を動かしたような気がする」
「私も。最近は運動してなかったから」
「えっでも、それにしてはゆうって良いスタイルだよな」
「そうかな?」
僕は一度彼女のウエストに目をやり、
「うん。……これで運動してないんだから、絶対全国の女子高生から恨まれるぞ」
「それを言ったら雪くんだって痩せてるじゃん」
「まあ僕の場合は、朝ごはん食べてないし。そもそもお金を趣味に使うために、今まで食費を切り詰めてきたからな」
「それは痩せるはずだよ。私はもっと食べた方が健康でいいと思うけど」
貴重な女子高生からの意見。
「そういうものか?」
「そういうものだよ。それよりもさ雪くん。この前、あっ!! ──」
再びゆうが転びかけた。
「──!? 危ない!!」
反射的に両手を伸ばして、転びかけたゆうの身体を支える。
よかった。
今度は助けることができた。
「……ごめん、ありがと」
「ゆう。本当に大丈夫か? さっき公園で転んだ時に、どこか痛めてたんじゃ」
「ううん、ちょっと気を抜いてただけだから」
「そっか」
……本当に何でもないのか?
本人が言っているのだから、そうなんだろうけど……。
でも、やっぱり不安だ。
たまたまだったら別にいいんだよ。
だけどもし、そうじゃなかったら。
……。
そうじゃなかったら、どうしよう。
僕は一生ゆうと一緒にいたい。
お互い怪我をすることなく、幸せに暮らしたい。
だったらどうするか。
決まっている。
僕が守ってやるしかない。
僕はその場に立ち止まるのと同時に口を開く。
「なぁ、ゆう」
するとゆうは立ち止まってこちらを振り向きながら、
「……雪くん。どうしたの?」
「僕、ゆうが好きだ」
「えっ……」
「だから、付き合って欲しい」
「…………」
沈黙が流れた。
正確に言えば十秒ほどだっただろうが、僕にとってはものすごく長いように感じられた。
それこそ、五分と言われても違和感がなかったくらいには。
じっと真顔で僕を見つめていたゆうは、突然顔を綻ばせて、
「こんな私でよかったら……よろしくお願いします」
……えっと、つまりOKってことだよな?
うわっ、やった!!
「良いのか?」
「うん! というか、雪くん以外と付き合う気なんてなかったし」
「……あ、ありがとう! 僕絶対にゆうを守るから」
「……じゃあ私は絶対に雪くんに守られるから」
そう言ってゆうは僕に抱きついてきた。
その時の彼女の表情は見えなかった。




