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第ニ話【7月16日・火曜日】

 僕は再びリビングへと移動して狭い台所に立ち、まず冷蔵庫を開けて中身を確認。

 味噌や卵、マーガリンといったものしか入っていない。

 

「普段はスーパーの惣菜で済ませているし、当然と言えば当然だけど」


 そう言いながらも、卵、マーガリンを取り出す。

 そして棚から塩とこしょうを用意し、

 

「南条雪特製チャーハンでいいか」


 できれば鶏ガラスープの素とみりんが欲しかったが、ないものは仕方ない。

 フライパンにマーガリンを少量乗せ、強火で溶かしていく。

 そこからすぐにたまごを割ってフライパンのなかに入れ、固まらないように箸で混ぜていく。

 とそこで、


「あっ!」


 ふとあることに気が付き、ガスの火を止めた。

 

「そういえば、今日は夜中に割引の惣菜を買って食べようと思ってたから、ご飯炊いてなかったな……」


 どうしよう。

 お米なしのチャーハンなんて、麺なしのラーメンと同じだ。

 あれはあれで味噌汁代わりになって美味しいよな。

 そうじゃなくて。

 もうマーガリンと卵は混ぜてしまっている。

 さすがに捨てるのはもったいない。

 よし、じゃあこのままスクランブルエッグを作るか。

 だけど、あれってどうやって作るんだ?


「ぐちゃぐちゃに混ぜながら焼くだけでいいんだよな?」


 もう一度ガスの火をつけ、卵を焼いていく。

 固まり始めたところで塩とこしょうを少量加える。

 あくまであの子に食べさせる料理のため、いつもよりスパイスは少なめである。

 やがて完成すると、それを一枚のお皿に盛り付けてベッドの隣にある机の上に置く。

 それからサイダーを二人分コップに用意し、床に座った。


「なんともまぁ、不健康そうな食事だな」


 そうつぶやいてサイダーを一口飲む。

 数分後。

 浴室から、僕の服を着た少女が姿を現した。

 ぶかぶかだが、とても似合っている。

 いや、おそらく彼女は何を着ても似合うだろう。

 元がかわいすぎる。

 そんなことを思いながら見つめていると、彼女が首を傾げて尋ねてくる。

 

「雪くん。私、変かな?」


 それに対し、僕は首を左右に振って即答。

 

「変じゃないよ」


 むしろグッド!

 

「ならよかった。……て、あれ? それ私のために作ってくれたの?」

「あ、ああ、うん。元々チャーハンを作ろうと思ってたんだけど、途中でご飯を炊いてないことに気づいてさ。……まあ、結局卵を焼いただけになったんだけど、よかったら」


 見た目はともかく、味には自身がある。

 

「ありがとう。私、卵大好きだから」


 そう言って彼女は、床に座るなりすぐに箸を手に取ってスクランブルエッグ? を食べ始めた。

 

「うんうん。……はむっ、美味しい!」


 その言葉に若干安堵しつつ、僕は残っていたサイダーを飲み干す。

 するとお皿がひとつしかないことに疑問を持ったのか、彼女は卵を口に運びつつもこちらを見て、

 

「雪くんは食べないの?」

「うん。20時くらいになったら、スーパーで割引の惣菜を買って食べる予定だから」

「そっか……あれ? ということは自炊はしないの?」

「まあね、めんどうくさいし」


 そう言って僕は頭を掻く。

 

「じゃあ今日は私が作ってあげようか?」

「えっ、いいの?」

「もちろん! ……シャワーも貸してもらっちゃったし、何かお礼がしたくて」

「じゃあゆうさんがそれを食べ終わったら何か食材を買いに……って、もう食べ終わったの!?」


 気づくとお皿のなかにあったスクランブルエッグ? は、一粒残らずなくなっていた。

 食べるの早くない?

 

「ごちそうさまでした!」


 両手を合わせてそう言ったあと、彼女はサイダーを一口で飲み干す。

  

「じゃ、じゃあ早速買い物に行こうか」

「うん」


 僕の言葉に頷き、彼女は二人分のコップとお皿を手に取って台所へ持っていく。

 気が利く子だな。

 

「ありがとう」

「いえいえ。家事は基本的に女の子の役目だから」


 そう言われると同棲しているような気になるなぁと内心で思いつつ、僕は立ち上がって彼女に話しかける。


「そういえばゆうさん」

「ゆう……でいいよ」

「いやでも、今日あったばかりだし」

「何言ってるの? 私たち幼馴染なのに」

「それなんだけどさ。申し訳ないけど僕は君のことを覚えてないんだよ」

「…………そっか」


 彼女はお皿とコップを台所に置きつつ、少し寂しそうにつぶやいた。

 

「まあ、僕が覚えていないだけかもしれないけど……ゆうさんは僕のこと知ってるんだよね?」

「うん。はっきりと覚えてる」


 後ろ姿のため彼女の表情は見えないが、嘘を言っているようには聞こえない。

 

「そういえば。苗字を聞きたいんだけど」


 さきほど聞きそびれた質問を再び問いかける。

 もしかすると苗字を効けばピンとくるかもしれない。

 しかし彼女はこちらを振り向くと、もうしわけなさそうな表情で、

 

「ごめん。それはあまり言いたくない」

「……わかった。本人が嫌がることを強要する気はないから。また言いたくなったら話してくれる?」

「うん、ごめんね」

「いいよ、気にしないで」


 そんな会話をしつつ玄関へと移動した、その時。

 傘がひとつしかないことに気がついた。

 外からは雨の音が聞こえる。

 まだ降っているらしい。

 

「えっとゆうさん。傘ひとつしかないし、やっぱり僕が一人で行ってこようか?」

「私は相合傘でもいいけど」


 願ってもない提案だった。

 

「ほんと?」

「うん」

「じゃあ……その、二人で」

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