ゲームのルールが通用してしまう世界に転生しました。
ストレス解消にちょっと短編を書いてみました。
それは、会社の専務に言われたことから始まった。
「鈴鹿くん、来月から君はサンティアゴ支部の副部長だ」
どうしてこうなった?
原因はアホな上司……未来のサンティアゴ支部長の強い推薦だった。
このアホな上司のために、常々頑張って、手柄を立てさせてやったのに、この仕打ちはないだろう。
何が『鈴鹿くんが居なければ、やりきる自信がない』だよ。
お陰で、最低5年は海外に住まなければならなくなった。
貰えたのは、半月の休暇と2ヶ月分の給与に匹敵する一時金だった。
こうなったら、この時間と金を使って、今やっている、オンラインゲームで有終の美を飾ってやろうじゃないか。
で、今俺は単独で魔王と戦っている。
もう少しで、難易度SSSと名高い魔王を倒せる。
この魔王を倒して、6番目の魔王初討伐者として名前を残し、俺はこのゲームを引退する。
来週には、チリに行くのだからな。
まさしく、散りに逝くのだ。
この『ファンタジー・グランゼノス・オンライン』7つの魔王討伐イベントで、6番目の魔王初討伐まで、もう少しのところまできた。
この難易度キチガイ級の魔王にも、ある攻略法があった。
その攻略法をもってしても、初見のクリアは不可能で、レベルも装備も最高クラスの俺でも20回以上この魔王に殺されている。
そして魔王対策法もある程度確立されてきたので、単独攻略に切り替えた。
これは3番目の魔王を初討伐した知り合いからの、オリジナル攻略法だ。
単独プレイで魔王と闘うと、魔王の攻撃パターンはそのままに、難易度が大幅に下がるのだ。
そして『サードアニバーサリー』キャンペーンに乗っかり、資金をドカンと投入。
デスペナルティのタイムラグを金の力で短縮させ、6番目の魔王の攻撃パターンを脳内に叩き込んだ。
慎重過ぎると、他のパーティに先を越されるので、今のタイミングを選んだ。
魔王の全体攻撃は魔法で相殺し、即死級の攻撃は、ギリギリで見切って避け反撃する。
ついに、ダメージの8割を与えて、未知の攻撃パターンに入る。
前回は5人で戦っていたのに、この直前で全滅した。
弱体化した魔王を相手に、ノーダメージできたが、ここからは回復アイテムを使いながら闘うことになるだろう。
魔王戦では5個しか使えない回復アイテムも、課金による制限解除で10個まで持っている。
しかし、6番目の魔王『ユーストスラーズ』の強いこと強いこと……
だけど、回復アイテムを3つ残して、ユーストスラーズを倒した。
やった!
これで、俺のキャラクターが殿堂入りが確定したんだ。
出来ればもっと遊びたかったが、転勤先はネット環境が一世代前らしいからな。
ズガァァァァァァン
「いっっ!?」
何だ? 今の衝撃は……
『第6の魔王討伐おめでとうございます』
このテロップは、第1から第5の魔王を倒した時と同じだ。
いくつかのマジックアイテムを貰って終わりなんだが、初回は固定のユニークアイテムも貰える。
そして、初討伐は何が貰えるなかな?
【プロフィールを編集してください】
おや? 今までのパターンと違うぞ。
そうか、ここで編集したプロフィールが殿堂入りの証になるのか。
どうせ、今日で引退するのだから、面白おかしくしてやろう。
キャラクターネームは、本名の『鈴鹿 光』の名字から取った『ベルディアー・ライト』を改変して『ヴェルライト』単純だな。
……
…………
色々入力したあとに、性質、性格、性癖の入力項目が表示された。
こんな細部まで書き込めるのか。
『性質、味の違いは分かるが、何でも食べられる食いしん坊、毒すら分解して新たな味覚に変えてしまう。大人数相手だと気後れしやすいが、戦闘時はその限りではない。深呼吸をすると精神的弱点の改善ができる』
調子にのりすぎたかな?
『性格、敵には容赦なく味方に優しい少々極端な性格。慎重さと大胆さを兼ね備えたアンバランスなタイプ』
よく分からない性格になってしまった。
『性癖、オールマイティーの性欲魔神。正し、相手が自分に好意がないと役に立たない不便な身体』
ぷっ、いかんふざけすぎた。
ああ、楽しかったな。
生まれ変わったら会社や上司のしがらみにとらわれず、好き勝手生きてみたいな。
いや、このキャラクターには好き勝手に遊ばせてやろうじゃないか。
『自由に生きたい、自由に生きたい、自由に生きたい、自由に生きたい、自由に生きたい、自由に生きたい、自由に生きたい、自由に生きたい………………………………』
やりすぎてしまった。
やり直すか……
【プロフィール編集、受理しました】
えっ? ちょっと待て、なんで!?
なんの操作もしてないぞ!
【ユーストスラーズの指輪を入手しました】
【新人類に進化しました】
【レベルの上限が解放されました】
【レベルが上がりました】
まさか、ここで
こんな仕様だったけか?
【ヴェルライトさん、それでは良い旅路を】
なんと! まさかここからシークレットステージ突入だと!?
そんな情報、どこにも書いてなかったぞ。
視界は全て真っ暗になり、その後眩しいくらいの光が覆いつくして、ゆっくりと辺りがみえはじめる。
次に目にした色は、緑でいっぱいだった。
ここは森? って言うかVR世界?
俺のゲーム機のヘッドギアは、映像と音響のリアルさは物凄いが、新世代のvirtualrealityには対応していないぞ!?
夢でも見てるのか?
俺はゲームを一旦止めるため、コントロールウインドウを探す。
あれっ? コントロールウインドウがない。
仕方ない、直接ヘッドギアを外すか……
しかし、ヘッドギアを外す動作をしても、その感触がない。
さらには、草木の香りや、日の光りの暖かさまで感じる。
これが仮想世界か現実世界か分からないど、俺は別世界に旅立ってしまったみたいだ。
【ヴェルライトさん、それでは良い旅路を……】
見知らぬ世界に放り込まれてから数時間。
俺は命の危機を感じ始めていた。
どんな方法でこの世界にやって来たのか解らないが、空腹を感じ始めた。
なんの準備もしていない独りの人間が、深い森の中で生きていけるわけがない。
サバイバルの知識があっても、それなりの装備は必要だろ?
動物を捕まえる武器も、捌く道具もなく、火を起こすことも出来ず、安全な水の確保すらままならない。
しかも、これだけ深い森なら肉食動物もいるだろう。
なので、おちおち寝ることも出来ない。
だから、歩き続けて森を抜ける手段を考えたのだが、まったく抜け出せる感じがしない。
もう少し歩いて、街道や水源か果物が見つからなければ、一か八かで自生している植物や虫を食べるしかない。
……
…………
もう少しで夕方になる。
そこでやっと水溜まりを見つけた。
だが、流れていない水を煮沸もしないで飲む気にはなれない。
溜り水などそのまま飲んだら、高い確立でお腹を下す。
腹を下せば体力を減らすことになる。
こんなところで、体力を失えば死は目前に迫るだろう。
幸いなことに、喉の乾きや空腹感は覚えるが、疲れはこない。
緊張のあまり、疲労を感じにくくなってるのだろうか。
なにか、この溜り水の運用方法はないだろうかと見つめていたら、おかしなことに気づいた。
「俺の顔じゃない……だと!?」
水溜まりに反射して写る俺の顔は、現実の顔ではなく、ゲームのアバターにそっくりな顔の作りをしていた。
予想に反して、非現実の世界なのか?
それとも夢か電脳世界!?
なら、今の空腹感はなぜ……
時は過ぎ、日は落ちて夜になった。
仕方ないので、木によじ登って寝ずに夜を明かす手段を選んだ。
……
…………
気がつくと、眩しさを感じた。
薄く射す日の光りで、寝ていたことに気づいた。
やっちまった、運のいいことに樹から落ちたりしなかったけど、虫などに刺されていないか自分の確認しよう。
確認するために木の枝から飛び降りた時、背中に違和感を覚えた。
改めて確認すると、小さな入れ物を背中に背負っていた。
この形は、ゲーム内で使っていたマジックボックスのリュックタイプじゃないか。
あまりのジャストフィット具合に、今までまったく気づかなかった。
食べ物とまでいわないが、中身を期待していリュックを覗く。
…………おや? 暗くて見えない。
手を突っ込んで中を確認する。
その瞬間……
頭の中にリュックの中身が浮かんできた。
それはゲーム中に体感したことのあるマジックボックス内の在庫アイテム一覧だった。
コントローラーはないけど、アイテムは選んで取り出すことが出来るのだろうか?
リュックの中の手を動かすと、アイテムが選択できる。
今俺が一番欲しいのは……これだ!!
『大賢者のダガー』
『解体用ナイフ』と『解体の知識本』と『知力のダガー』と『賢者のオーブ』を合成して造られた、俺でも2本しか持っていないレアアイテム。
とは言っても、既に攻撃力の面では、戦闘に役立たなく、素材集めのクエスト時にだけ装備して戦うんだが、ゲームのアイテムが具現化できたことから、この世界がゲーム世界の確率が高いと想像できた。
そして、武器や俺自身がゲームのままの強さを維持したままなら、生存確立が一気に上がる。
他になにか役に立ちそうなアイテムはないかな……
……
…………
残念なことに、今ここで役に立ちそうなアイテムは持っていなかった。
のどが渇きすぎたせいで、試しに回復ポーションを飲んだけど、渇きが癒されることはなかった。
貴重なアイテムを1つ無駄にしてしまった。
ゲームのアイテムが取り出せたのなら、次は魔法が使えるかの確認だな。
どうせなら、標的を見つけて使ってみたい。
これだけの森林地帯なのに、地上の動物は、ほとんど見かけていない。
だけど、空を飛ぶ鳥は何回か見たので、鳥類を狙おう。
空が広く見える場所を探して歩き回ろう。
10分も歩くと、上空が開けたポイントを見つけた。
よし、ここで待とう。
空腹のあまり、変な具合にテンションがあがってきた。
「獲物はまだかぁ!!」
天が俺の願いに応えてくたのか、1羽の大きい鳥を見つけた。
「やったぜ! 久しぶりの飯だ!『イグニッション!!』」
火系統の第2位階魔法の『イグニッション』を使った。
戦士系でも、早い段階で覚えられる初級魔法なら、いい感じで撃ち落とせるはずだ。
俺の希望通り魔法は発動して、鳥が燃えた。
「よしっ……えっ?」
魔法は命中したはずなのに、対象は忽然と消え去っていた。
このとき、俺は空腹で思考能力が低下していたんだ。
「このぉぉぉぉイグニション!」
また消えた……
「俺は鳥の幻影でも見てるのか?」
何回攻撃しても、鳥は跡形もなく消えてしまう。
気がつくと、日は傾き夜を迎える準備をしていた。
ヤバイ、そろそろ死ぬぞ?
鳥類の捕獲は一旦あきらめて、自生している植物を食べることを試みる。
実は、時おり見かける肉厚の葉をした植物に、目をつけていたんだよな。
その葉っぱは、一般的なものより厚くサボテンより薄い、見たこともない植物だ。
手のひらより一回り大きい葉っぱを1枚ちぎって、一口かじってみる。
「ぐあぁ、不味い!?」
未処理のゴーヤに湿布を混ぜたような味だ。
もちろん湿布なんか食べたことはないが、食べたら今のような感じだと思うぞ。
さすがに身の危険を感じて、2枚だけ食べて止めておいた。
この葉は水分が多く含んでいたから、強烈な渇きからは解放されたが、腹は満たされない。
俺は呪いの言葉を呟きながら、2回目の夜を明かした。
◆◆◆
ひとりの女性が、、どこかの深い森の中に馬車の荷台ごと置き去りにされていた。
ある日突然、大勢の男に拉致され、裸同然に衣類をむしりとられて、薄暗い地下室で一ヶ月近くも監禁されてた。
その後は目隠しをされて、この『魔の大森林』という場所まで連れてこられた。
両足の裏には力を半減させる呪いを刻まれ、極薄の僅かな布で辛うじてその身の大事な部分を隠している。
女性自身も、一ヶ月前はなにが起きたかまるで分からなかったが、
ここまで連れてこられた道中で、男どもの雑談を聞いているうちに、恐ろしい事実に気づかされた。
姉が仕事で大きな失敗をしたと濡れ衣を着せられて、その事が原因で処分されたと。
しかも、処分されるついでに、この男たちにさんざん慰みものにされたこと。
さらに、処分の仕方が公に出来ないらしく、身内の私が騒ぎを起こす前に、適当な理由を付けて、年に1度やってくるモンスターの生け贄に選んだこと。
姉を慰みものにして遊んだ男どもに激しい怒りを覚えた。
『こうして見ると、まだまだガキだが、姦りがいのある、いい体つきをしてるじゃねぇか』
『ああ……つまみ食いしたくなってきたぜ』
『やめとけ、娼婦の使い古しを生け贄にしたときは、魔の大森林から死の森を抜けて、町まで来たって話だぜ? 約束を破ったら俺たちだって始末されてしまう』
『そうだな、それに町まで戻れば報酬でいい女を買うことができる。それまで我慢すればいい』
『おい、そろそろモンスターの、活動時間じゃねぇのか?』
そう言って男たちは、身仕度をしてここから離れる準備をした。
そのとき、男たちのひとりが舌舐めずりして、女性に近づく。
「ああ……いや……」
「おい」
「なぁに、ちょいと触るだけだ」
男が女性の淡く膨らんだ胸を揉みだす。
「いてっ!?」
女性は、男の手を思いきり噛んだ。
「このやろう!」
男が女性を殴ろうとした瞬間。
グルォォォォォォ……
「ヤバイ! もう活動時間になっちまってる。急いで逃げろ! 俺たちも食べられちまう」
男たちは、あっという間に消え去ってしまった。
男たちに怒りを覚えていた女性も、今は生きたままモンスターに食べられてしまうかも、という恐怖に襲われていた。
唸り声や草木の動く音が近づく毎に、恐怖心が、膨れ上がっていく。
そして、女性はモンスターの姿を見た。
深い緑の体毛で被われた、大きな口を開けた肉食獣。
そして、その後ろには、灰色のローブを着た人間のような男性。
しかし、その目はギラついていて、肉食獣の目より凶悪に見える。
「見つけた……食べ物を見つけた……」
この男は、恐ろしいまでのオーラを放っていた。
女性を拐った男たちが可愛く感じてしまうほどに。
女性は確信した。
『私はあの2匹のモンスターに、生きたまま食べられるんだ……お姉ちゃん、もう少しで私もそっちに逝くね…………でも怖いよう、だれか助けて……死にたくない』
◆◆◆
しばらく森を歩き回っていたら、森の気配が変わった気がした。
それから少し歩くと、生き物の鳴く声が聞こえた。
この感じは……獣っぽいよな。
すなわち、焼けば食べられるってことだ。
既にこの二日間なにも食べていない。
(2枚の激不味い葉っぱはノーカウント)
どんな化け物だってかまわない、襲って倒して食ってやる!
「善は急げだ!」
今の俺に合った武器を装備して、声がした方に突き進む。
見つけた……
視界に入った物は、ゲームでも登場するモンスターだった。
たしか『デモンベアー』って名前だったよな?
駆け出しの頃に出現した。
イベントモンスターだった。
色は緑だからボスだな。
茶色い雑魚は食肉としてドロップしてた記憶がある。
「見つけた……食べ物を見つけた……」
デモンベアーがチラッとこっちを見たけど、よそ見をする。
ふっ、何に気をとられてるのか知らないが、待ってやらんぞ。
いただきまぁす。
俺の装備している武器は『双剣』のカテゴリーに入る『食いしん坊´s』
見た目はフォークとナイフだが、食料系アイテムのドロップ率が3倍に跳ね上がる。
攻撃力の方はとても使えたもんじゃないが……まあデモンベアー程度の雑魚モンスターなら、なんとかなるだろう。
「うおおおお!」
「!? グルォォォォォォ!!」
フォークで突き刺し、ナイフで切り裂く。
こいつの針金のような体毛と分厚い皮下脂肪で、ダメージは75パーセントカットと、どえらい設定だったが、ダメージは確実に与えただろう。
デモンベアーの攻撃は大きな爪を利用した攻撃、しかし今の俺は極限状態なせいか、動きがよく見える。
1回避ける度に4倍の攻撃を与える。
「飯、飯、飯、飯、飯ぃぃぃぃぃぃ!!」
デモンベアーの振り回し攻撃を屈んで避ける。
「肉、肉だ! 焼き肉だ!!」
デモンベアーの降り下ろし攻撃を、半身をずらしただけで躱す。
「分厚く切って、ガブリといこう!」
デモンベアーは一方的にやられているのにも拘わらず果敢に攻めてくる。
「お腹が膨れるまで食べてやるぜ!」
ふっ、逃げるより100倍ありがたいぜ。
「素直に殺られてくれれば、食べられ方を選ばせてやるぞ?」
切っても、刺してもなかなか倒れないデモンベアー。
さすがにタフだな。
それとも俺の攻撃力がショボいのか。
「いい加減に喰わせろぉ!!」
俺の願いがやっと届いたようで、デモンベアーは『ドズン!』と音をたてて倒れた。
「やった……死んだか?」
フォークでツンツンとつついて、反応をみる。
動きがないので、蹴りを入れる。
反応がない……どうやらデモンベアーを倒せたようだ。
しかし、デモンベアーはアイテムをドロップすることはなかった。
ちっ使えないやつめ、なにが『食いしん坊's』だよ。
仕方ない、適当に切り刻んで食べるか。
「助けて……食べないでください」
近くで、か弱い女の子の声が聞こえた。
「ん?」
声のした方を見ると、エロい姿をした若い女の子が、ガタガタと震えていた。
あんなに震えてしまって、寒いのだろうか。
まあ、これだけ布地が少なければ、寒さを感じるよな。
なにも言わず女の子をじっと見る。
「うう……駄目ですか。では生きたまま食べられるのは嫌だから、ひと思いにお願いします。うぇぇん」
何を言ってるんだろうか。
いくら餓えてても、猫耳を着けた可愛い女の子を食べるわけないだろ?
エッチな意味でなら食べてみたいが。
このままデモンベアーを食べるにしても、泣きながら見られては、気が散ってしまう。
「おはよう。世間話とか、するべきことはたくさんあるだろうけど、先ずは一緒に飯にしないか?」
「えっ? 言葉が通じる!?」
むっ失礼なやつだな。
これが、俺と俺の弟子となる相棒との出会いだった。
はぁ、スッキリした。