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食人描写があります。

苦手な方はご注意ください

 


 僕は重度のアレルギー体質だった。


 最初にそれが発覚したのは生まれて5ヶ月頃で、母乳に僅かに含まれたアレルゲンで肌に炎症を起こした。

 このくらいなら良くある事で済むが、それから年を重ねるごとに次々とアレルギーは増えていった。


 小学生になった頃には大半の食物に拒絶反応を起こす様になり、今まで食べる事が出来た物でさえ、後から食べられなくなる事もあった。


 僕の不幸体質はそれだけではなく、中学校に入学する直前、外出時に露出していた肌の痒みと共に、目眩や気だるさを覚える様になった。

 最早顔馴染みとなった医者から、光線過敏症という診断結果を下された。


 日光アレルギーとも呼ばれるそれは、紫外線が原因とされているが、その理由は現在解明されておらず、外出時は肌を覆うか日焼け止めを塗る事で防げると告げられた。

 試しに日焼け止めを塗ってみた所、それに含まれる吸着剤にアレルギーが出たのでやめた。


 僕は常にアレルギーに怯えながらも、何とか学校に通っていたが、症状は改善されるどころか、日々重くなっていくばかりだった。

 紫外線を防ぐために夏場でも厚着、食事の最中に突如息が詰まって倒れる、思い出されるのはそんな事ばかりで、楽しかった事はあまりよく覚えていない。


 いじめを受けるようになったのを切っ掛けに、学校に行かなくなった。

 そのまま入院する事になった僕は、病室で退屈な毎日を過ごす事になった。


 そんなある日、父親が事故で死んだ。

 僕の見舞いに来る途中、一時停止を無視したトラックに巻き込まれたらしい。

 父は優しかった、僕が寂しくないようにと、頻繁に見舞いに来てくれた。

 それが仇になったと僕は思った。


 母親は精神的に衰弱し、会う度に痩せているのが見るからに分かった。

 父の保険金と遺産の総額はかなりの金額だったそうだが、金では誰も幸せになれなかった。


 結局、今際の際まで僕の体質は悪化し続けた。


 21歳の誕生日に、アレルギーが原因で僕は死んだ。

 最期に覚えているのは、ベッドの側で僕を見ている母親の顔だ。

 死ぬ瞬間は苦しかったものの、やっとこんな毎日が終わると思うと、死は救いだと思える程だった。




「こんにちは、私は神です。」


 僕が見知らぬ何処かで気がつくと、神を名乗る女が目の前で立っていた。


「私は貴方の今までの人生を見ていましたが、余りにも気の毒で仕方がありませんでした。なので、別の世界で人生をやり直す機会を与える事にします。」


 これが俗に言う、異世界転生というやつだろう。

 入院中は暇で仕方なく、様々なジャンルの本を読んだ。

 漫画や小説を好んで読んでいた僕は、そういう類の話を何度か読んだ覚えがある。


 まさか自分がそうなるとは、夢にも思っていなかったが。


「そのまま連れて行くのは可哀想なので、私から祝福を与えます。あちらの世界ではスキルと呼ばれている能力ですが、神である私が直々に、貴方だけの能力を与えましょう。」


 どうやら異世界転生お決まりの、チートスキルも与えてくれるらしい。

 僕はお礼の言葉を述べようとしたが、声を発しようとしても、まるで口や声帯が無いかのように声が出せなかった。

 どうやらこの空間では、僕の自由は無いらしい。


「今までとは逆の何でも無限に食べる事が出来る力に、口にした物の力の一部を自分に統合する力、日光を浴びれば回復力が上がる力を与えましょう。」


 俺は神から告げられた能力の数々に、今までの人生で感じた事が無い程の高揚感を覚えた。

 これからは拒絶反応を気にせず飲み食い出来るし、日光を避けて引きこもる必要も無い。

 前世に未練は無く、来世が今から待ち遠しい。


「年齢は貴方が学び舎を去った14歳にして、当面の生活費も持たせておきましょう。あちらには危険な魔物と呼ばれる生物が跋扈していますので、冒険者になって力を付けるのをお勧めします。」


 チートスキルの話の件から、ファンタジーな世界だろうとは予想していたが、やはりその通りだった。

 恐らく、宝くじに当選した人はこんな気分なんだろう。


「あちらの世界に行けば、私は貴方に一切の干渉をしません。助けがあるとは思わず、慎重に、自分の力だけで生き抜いてください。では、良い来世にならん事を。」


 女が笑みを浮かべたと同時に、僕の目の前は光に包まれた。




 目を開けると、僕は森の中に一人佇んでいた。

 木々の隙間から紫外線を含む日光が降り注いでいるが、肌に蕁麻疹が出る事もなければ、目眩や吐き気も起こらない。

 自分の顔をペタペタと確かめるように触り、近場にあった水たまりを覗き込んで見る。

 そこに映っていた自分の顔は、大体中学生頃の顔だった。

 見た目は前世と同じらしいが、皮膚炎の痕もシミも無い肌に、若白髪一つ無い黒く艶やかな髪は、我ながら惚れ惚れする程綺麗だった。

 他人から見ればまた違うかもしれないが、今までの悲惨な自分の姿に比べれば、雲泥の差があるのは間違いないだろう。


 しばらく水たまりを覗き込んだまま惚けていると、不意に響いてきた何かの鳴き声に、僕はびくりと体を震わせて我に返った。

 そういえばここはそういう世界だった。


 慌てて木の陰に身を隠し、周囲を見回す。

 どうやら先程の鳴き声はかなり遠くからだったらしく、辺りからは小鳥のさえずりと、木々が風で擦れる音しか聞こえない。

 それによく見て見ると、すぐ側に街道らしき道が続いているのが分かった。


 着ていた服のポケットの中を確かめると、中には金貨と銀貨が数枚収まっていた。

 この世界の貨幣制度は分からないが、多分それなりの金額なんだろう。

 僕はとりあえず人里を目指すために、街道に沿って歩き始めた。


 何はともあれ、これから僕の新しい人生が始まる。

 そうだ、せっかく生まれ変わったのだから、一人称も俺に変えてみよう。

 現世の俺は期待に胸を膨らませながら、前世の惨めな僕に別れを告げた。



 数時間程歩いたところで、高い壁と門が見えてきた。

 とりあえず門の前に並んでいた人の列に加わると、物珍しげな視線が俺に集まってきた。

 服装なんかは大差ないので安心だと思っていたが、年端もいかない少年が一人で並んでいれば、多少目立つのも当然だろう。

 だが、程なくして俺に向けられる視線は霧散した。

 俺は絡まれたりしなかった事にほっとしつつ、自分の順番が回ってくるのを待った。


 列は滞りなく進み、ついに俺の番が回ってきた。

 前に並んでいた数人の様子を見るに、言葉は問題無く通じるようだし、身分証のようなものか、幾らかの硬貨を門番に渡せばいいだけだ。


 俺の様子から色々と察したのか、質問するまでもなく門番に金を要求された。

 俺が言われた通りに銀貨を数枚手渡すと、門番はにやりと笑って街の中に入れてくれた。


 随分あっさりと通過出来た事に安堵したが、後ろに並んでいた人が鼻で笑った気がしたので、もしかするとぼったくられたのかもしれない。

 まあいいか、さっさと街の中に入れるようになるのが先決だ。


 俺が最初に向かったのは食事処だった。

 匂いを頼りに適当な店を選び、硬貨を支払ってパンとスープを注文した。


 程なくして俺の目の前に運ばれてきたのは、自分の顔と同じくらい大きなライ麦パンと、深皿になみなみと注がれた暖かなスープだった。

 周囲の人の真似をして、パンを小さくちぎってスープに浸すと、それを恐る恐る口に入れた。


 美味い。


 俺はパンを大きくむしって次々とスープに浸し、飢えた犬のように無我夢中で貪った。

 パンには麦類が使われているし、スープには豚肉や卵、適当に刻まれた根菜などが入っている。

 それらは全て、前世ではアレルギーで食べられなかった物だった。

 元いた世界の食べ物と比べれば、やはり品質が劣るかもしれないが、味気ない病院食や点滴で食いつないでいた俺からすれば、これは最高のご馳走に思えた。


 大量にあったそれらをあっという間に平らげてしまったが、不思議と満腹感は感じない。

 確か自称神が言うには、何でも無限に食べられるという話だった。

 つまり、心ゆくまで食事を楽しむ事が出来る訳だ。


 他の食事も気になるのは山々だが、初日からそんな事ではすぐに所持金が尽きてしまう。

 俺は給仕の人に冒険者になる方法を聞くと、店を出て冒険者ギルドを目指した。


 まず、冒険者になるのに特別な資格なんかは必要なく、冒険者ギルドに行って登録すれば誰でもなれる。

 子供だと多少の手間はかかるらしいが、その日の内に冒険者として活動が出来る程に簡単らしい。



 無事に冒険者ギルドで登録を済ませた俺は、自分の情報が刻まれた銅色のタグを受け取った。


 美人の受付嬢は簡単な説明しかしてくれなかったが、何となく階級によって豪華な金属になりそうなのは分かった。

 一先ず冒険者になるという目標を達成出来たので、どんな依頼があるのかとクエストボードを確認する。


 ざっと目を通してみたものの、俺が受けられそうな依頼はどれも報酬が安い。


 採取などの簡単そうな依頼の報酬は、さっきの食事一回分にしかならない。

 右も左も分からない駆け出しなので仕方ないとは思うが、流石にこれでは満足な食事をする事すら出来そうにない。


 日々の食事とはいえ、妥協はあまりしたくない。

 しばらく立ったまま悩んだ後、不意にある事を思いついて冒険者ギルドを出た。


 俺が次にやってきた場所は、魔物の解体場だった。

 受付嬢にそれとなく聞いた話の中に、魔物の肉が安値で叩き売られているという情報があったからだ。


 魔物の体は動物よりも強靭な筋繊維や外皮をまとっており、味はともかく食べるのが物理的に困難らしく、捨て値で売られるか、畑の肥料にするのが普通らしい。


 俺は魔物の肉を持てるだけ購入すると、人気の無い場所まで運んでから一心不乱に食べ始めた。


 どうやら何でも食べられる能力は咬合力も付属しているらしく、堅い魔物の肉も難無く噛みちぎる事が出来た。


 しばらくして大量の魔物の肉を全て平らげると、体に力が漲っているのを感じた。


 俺が与えられた能力の一つに、食べた物の力を一部吸収出来るというのがあった。

 安上がりな魔物の肉とこの力を利用すれば、短期間で劇的に強くなれると俺は思ったのだ。


 そして予想通り、身体能力が上がっている。

 試しに小石を拾い上げて力を込めてみると、いとも簡単に砕く事が出来た。


 次は両足に力を込めて飛び跳ねると、自分の身長と同じ高さまで跳ぶ事が出来た。


 こうやって力を蓄えていけば、いずれ割の良い仕事も受けられるだろうし、金を貯めれば美味い物も食べられる。

 俺は無限に食べられるのを良い事に、何度か解体場を往復し、ひたすらに魔物の肉を食べ続けた。




 俺がこの世界にやって来て、早くも半年が過ぎた。

 既に俺の力は魔物と素手で渡り合える程に強くなり、冒険者としての階級も一つ上がった。


 そして喜ばしい事に、俺に仲間が出来た。

 ギルドでぶらぶらしていたところ、唐突にパーティに来ないかと誘われたのだ。

 俺はそれに二つ返事で了承した。


 パーティのメンバーは俺を除いて三人いる。

 俺を誘ってくれたコールズという男と、タブラムという禿げ頭の大男に、見るからに魔法使いという帽子を被ったリディアという女だ。


 どうやら彼らは昔からの付き合いらしく、度々親しさを匂わせる昔話のような話を聞かされた。


 俺みたいな駆け出しの少年をパーティに誘うのは多少違和感を感じたが、単純に新人をパーティに合うように育て上げるつもりらしく、少なくとも悪意を持っているという訳ではなさそうだ。



 パーティを組んだ俺たちが普段行う依頼は、近くの森に住む魔物の討伐が主だ。


 街は頑丈な壁の中にあるので安全性は高いが、やはり定期的に周辺の魔物を狩らなければ、外に出る際に危険を伴う事になる。


 そういった事情で討伐関係の依頼が尽きる事は無く、腕に覚えのある冒険者は、報酬と魔物の素材で富を得ることが出来る。


 つまり、実力さえあれば幾らでも稼げるという事だ。


 今日の目的は、森の深い場所に住む角蜥蜴の討伐だ。

 最近その数を増やしているらしく、街道付近で通行人を襲う事件が発生しているらしい。

 俺は何度か森で目撃した事があるが、角の生えたコモドオオトカゲにしか見えなかった。



 森の中を進むと、次から次へと角蜥蜴が現れた。

 コールズ達はそれを問題無く蹴散らしていく。


 俺がやる事は、討伐証明になる角を回収していく事だけだった。

 荷物持ちをしながら仲間達の動きを観察し、自らの糧になるように頭の中で模倣しつつ、こっそりと角蜥蜴の肉を齧った。


 

 森の奥まで順調に進んだ所で、何となく周辺の景色に違和感を感じた。

 今までよりも木々の間隔が広く、足元が均されたように歩きやすい。

 それはまるで、大きな獣道のようだった。



 正面に大きな影が動くのが見えた。


 全員が示し合わせたように近場の茂みに隠れると、現れたのは見上げるほど巨大な角蜥蜴だった。

 羊のような捻れた二本の角が頭部を飾り、大木と見紛う程の長大な尾を引いた角蜥蜴の主は、息を潜めた俺の前をゆっくりと通過して行った。


 不意に強烈な衝撃と風圧を感じ、俺はしゃがんだ体勢のまま後ろに転がった。

 頰に液体が飛び散り、それを拭うと手が赤く染まった。

 隣に目をやると、眼前に角蜥蜴の太い尻尾が横たわっており、その下で潰れているタブラムが見えた。


 その尻尾を目線で辿っていくと、こちらを見つめている巨大な瞳と目があった。

 思わず小さく悲鳴を上げて後退りながら、仲間に助けを求める為に周囲を見回すと、杖を構えて詠唱を始めているリディアの姿が視界に入った。


 瞬間、角蜥蜴が巨体に似合わぬ俊敏な動きでリディアに襲い掛かり、彼女を頭から咥え込んだ。

 口から出た足がじたばたと暴れているが、角蜥蜴はそのまま上を向き、リディアをごくりと飲み下してしまった。


 生き残るには逃げるしかないが、足がすくんで上手く立ち上がる事が出来ず、俺は角蜥蜴の頭が迫ってくるのをただ眺めている事しか出来なかった。


 大きな口が開かれたと同時に、俺はコールズに思い切り後ろに引っ張られた。

 間一髪で目の前を鋭い牙が通り過ぎ、コールズは俺を抱えて脱兎の如く逃げ出した。



 十分に距離を取った所で、急にコールズが地面に倒れ伏し、抱えられていた俺はそのまま投げ出された。


 何事かとコールズの方を見ると、彼の意識は既に無く、毒々しい色に腫れた足から大量に血を流しており、見るからに危険な状態になっていた。

 恐らく、俺を助けた際に角蜥蜴の牙が足をかすめたのだろう。


 何とか処置をしようと試みたが、手持ちの毒消しを使っても効果が見られず、回復魔法の使えるリディアは今や角蜥蜴の腹の中だ。


 街まで担いで行こうにも、人一人背負ったままではろくに戦う事も出来ず、そもそも俺一人であの角蜥蜴の主が闊歩する森を抜けられるかが怪しい。


 ここは未だ危険な森の中で、いつ血の匂いを辿って魔物が現れるかも分からない。

 限られた時間の中、俺は決断を迫られた。



 もはや虫の息のコールズを前に、俺は意を決して彼の肉を口にした。


 俺一人で森を抜ける力が無いのなら、俺より強い彼の力を取り込めば、自分だけは助かるかもしれない。


 俺は泣きながらコールズの血肉を貪り、骨の一片も残さずに平らげた。


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