八十四のお話
私たちが部屋を出たら、遠くで兵のわあぁぁ!!と大きな声が聞こえてきた。死神さんは階段を探しながら走る。
「もうすぐです…もうすぐ元の世界に帰れますよ…」
「…うん」
私の本当の気持ち。今は自分でもよく分からない。この世界の住人ともっといっぱいお話したい。でも、元の世界ではお母さんが待っている。帰りたいけど、帰りたくない…
曖昧な考え、口には出さないでおく。
「死神さん!!後ろ!!」
兵に見つかってしまった。兵はものすごいスピードで追いかけてくる。私たちも追いつかれないよう懸命に走る。
「ダメですね…これでは追いつかれてしまう…」
「んわっ!!」
死神さんは出雲を担ぎ、さらにスピードを上げた。兵からどんどん離れいくのがよく分かった。死神さんはとても足が速い。
「このまま行きます」
「えっ!?大丈夫なの!?」
「はい」
角を曲がると、とても長い廊下に出た。奥が真っ暗で何も見えない。死神さんは何も気にせず走っていく。
「足元気をつけてね…」
「はい…」
私は死神さんにぎゅっとしがみつく。
あぁ…、昔はよくこうしてたな…。辛くて辛くて、心が苦しかったとき、死神さんに傷つけてもらって、闇を取っ払ってもらってたとき……。痛くて痛くて…死んじゃいそうになってたとき…死神さんにぎゅーっと抱きついてた…。そしたらちょっとだけ痛みが和らぐんだ……なぜかは分からないけどね…
「苦しくないですか?」
「うん、大丈夫」
シャンデリアの明かりは消え、辺りは真っ暗。足元がかなり危ない。何も見えない廊下をひたすら走っていく。
『戻ろう……戻ろう…』
「…え?」
ボワンボワンと響く謎の声。心の中をぎゅっと掴まれた感じがした。
『寂しいよ…寂しい……行かないで…お願い…』
「うぅ…」
苦しい…やめてくれ…
「聞かないでください、大丈夫…耳を塞いで…目を瞑って…しっかり支えてます…」
「う…うん…」
私は両手で耳を塞いで目を瞑った。
耳を塞げば嫌な耳鳴りが響く。まあ、あの声を聞くよりはマシだろう。
…
「…んわあぁ!!」
突如体がふわっと宙に浮いた感じがした。驚いて目を開けるが何も見えない。私は慌てて死神さんに掴まる。
「なっ……!!」
「大丈夫です。ジャンプしただけですよ…」
死神さんの言葉の後に、ガクッと衝撃が走った。どうやら着地したようだ。
「どれくらいから…飛んだの?」
「えーと…二十…三十段くらいですかね……、やっと地下です」
三十段!?足は大丈夫なのだろうか…今普通に走っているから大丈夫なのだろう…。恐ろしい身体能力の高さだ…。
「この角を曲がった先に扉があります。しっかり、心の準備をしていてください」
「…う…うん…」
心の準備……みんなと…お別れ…
死神さんは角を曲がる。暗くて奥はよく見えないが、扉らしきものがあることの確認が出来た。それと…
『行かせません』
「…っ」
これはチェシャ猫の声。死神さんは扉からあと数メートルのところで足を止めた。パンッと手を叩く音の後に、シャンデリアに明かりが灯った。扉の前にチェシャ猫が立っている。
「行かせません…」
「チェシャ猫…」
私は死神さんにおろしてもらった。チェシャ猫は寂しい目で私を見ている。
「お願い…通して…」
「嫌です」
チェシャ猫は動かない。そして私をジッと見つめている。
これで後ろから兵が来てしまったらもう終わりだ。前も後ろも塞がれて逃げ場がなくなる。
「どうして…どうしてです?…あんな世界…戻ってどうするのです!?」
「…チェシャ猫、あなたが本当にこの子を心から愛しているのなら、この子のやりたいようにさせてあげては?」
「黙れ死神!!」
チェシャ猫は、今まで以上に怖い顔で怒鳴った。こんなチェシャ猫は見たことがなく、私は驚いた。
前髪の隙間から見えるチェシャ猫の目は、怒りの裏に悲しみが溢れんばかりに隠れている。
「行かせない!!絶対に…!!」
「チェシャ猫……」
やめてよ…そんな悲しい目で私を見ないで…。いつもみたいに薄っすら笑ってよ…こんなの…チェシャ猫じゃないよ……
「私…私ね…まだ死ねないの……。生きて、色んなことやらなきゃいけないの……。本当ならずーっとここで楽しい毎日を過ごしたいよ…。でもね……なんて言っていいんだろう……うぅ…」
……もういい…分かりやすい文なんて作らなくていい…思ったことを口に出せ…
「私、家族との人生をやり直したいの。お母さんとちゃんとお話したい、お父さんとも話したい。それと…色々話をしたいの!怖いけど…しっかり、強く、何にも怯えず生きていきたいの!お兄ちゃんの分もしっかり生きたいの!!…だから…私…帰らなきゃ……」
今思っていたこと、多分全部言えた。
訳も分からない涙が溢れ出す。拭いても拭いても止まらない。
「……私だって…分かってますよ……。あなたは生きなければいけない…そんな事……」
チェシャ猫は下を向いた。まるで何かを隠すように手で顔を覆う。
「……だけど…、私……寂しいんです……。またあなたと離れ離れ…そして…もう二度と会えないなんて……考えただけでおかしくなる……。死神だって同じでしょう?…本当なら…牢屋に監禁してでも帰したくないはずだ……」
「…えぇ、そうですよ?…でも、我慢しないといけないこともあるんです…」
死神さんは優しく私の頭を撫でた。その手は少し震えている。
「……あぁ…、またお別れか……。もう…会えないお別れ……お別れ……」
「……」
「……寂しいよ……」
顔を上げたチェシャ猫の目からは絶えず涙が流れていた。寂しい寂しい一筋の綺麗な涙、床にポタポタと静かに落ちる。
ポンっと死神さんに背中を押された。きっとチェシャ猫のところへ行けという意味だろう。
「…大丈夫よ…、私は…ここにいなくても、ずーっとあなたたちと繋がってるの。姿が見えなくても…心で繋がれてるの」
私はチェシャ猫を優しく抱きしめた。
これでおしまい。もう、これから先、チェシャ猫を抱きしめることは出来ない。会って話すことも出来ない。チェシャ猫に限らず、ここの住人全てとだ…
「私たちのこと…忘れないでくださいね……そして…いつか……帰ってきてください…」
「うん、じゃあ、私がおばあちゃんになって死んじゃったら迎えに来て〜」
チェシャ猫はクスッと笑って「はい」と答えた。
変なところ後で直します…変なところ多いです…すみません…




