七十四のお話
あれからしばらく歩いて、大きな美しい模様の扉の前にやってきた。
なんとなく、王子様のお部屋なんじゃないかな、と思った。
「大丈夫ですか?」
チェシャ猫は私に尋ねた。私は答えることが出来ずゴクリと唾を飲み込んだ。
怖くて怖くて仕方がない。もしも殺されそうになったらどう逃げるか、今はそれしか考えられない。
「……」
怯えて冷や汗をかく私をチェシャ猫は心配そうな目で見ている。
この静かさもまた、私を緊張させる。せめて小鳥の鳴き声とか、誰かの笑い声とか…遠くからでもいい、小さくてもいいから聞こえてきてほしい。
「…何も…怖いことはありません。王子様は…本当に優しい人です」
「で…でも…、私を殺そうとしてるって言う人…いるんだよ…」
チェシャ猫は一瞬ムッとした顔で床を見たが、すぐにいつもの薄っすら笑いに戻った。そして、私を安心させるようにゆっくり、優しく頭を撫でた。
「大丈夫…大丈夫…何も怖くない。さぁ、行きましょう?せっかくここまで来たんですから」
「……」
やっぱり…断れない…。
自分の意見すらはっきり言えない自分にガッカリだ。本当は「嫌だ!やっぱり怖い!!帰る!!」って言いたい。
………言えないんだったら…
「…!?」
私は何も考えず、階段の方へ走り出した。
これでいい、これでいいんだ。声に出せないなら、動くしかない。本当はすごく怖いよ?チェシャ猫にも迷惑かけちゃうし…。でも、もうこうするしかないんだ。
私は階段を駆け下りる。下へ下へと……。でも、どれだけ下りてもここへ来た廊下が見つからない。
「なんで…!!もお!!」
それでも私はひたすら走った。ただ逃げればいい。そしたらいつか出口っぽい何かに辿り着けるかもしれない。少しでいいから希望を持つんだ!!
「お願い……あ!!」
扉だ!!階段の終わりに扉が見えた!!あまりの嬉しさに自然と笑顔になれた。
私はもっとスピードを上げ、その扉を思い切り開けた。
『ごめんなさい……』
これは……お母さんの声?
なぜこんなところで?何を謝っているの?
それより…ここは何?
真っ白な空間。私は自分が立っているのか寝ているのか、又は宙に浮いているのか分からない状態だ。フワフワしていて…、例えるなら、夢から覚めてすぐって感じだ。自分が生きてるか、死んでるか分からなくって、目を開けるのも億劫な…あの感じだ。
『私は死んでも許されない事をしてしまった……』
あのキンキンした声ではない。非常に悲しく、寂しさで今にも弾け飛びそうな声だ。
『もう一度…もう一度だけ…チャンスをください、神様…』
お母さん、何を言っているの?一体、何がそんなに悲しいの?
そんな声、聞きたくないよ。昔…いや、もっともっと昔みたいに…元気でさ、明るくて、ずーっと笑ってるお母さんの声が聞きたいよ…
『お願い…美月…帰ってきて……』
「…ぁ」
気がつけば私は、暗く狭い物置のような部屋に立っていた。窓はなく、どこからも光が入ってこない。
大きな大きなクマのぬいぐるみ、大小様々なシンプルな椅子とテーブル、壊れたおもちゃに大量の本。
よく見ると、ここにあるもの全てが私のもの。この大きなぬいぐるみ…私の部屋にあるときは、もう少し小さかったが…私が母に誕生日に買ってもらった宝物だ。それと大量の本、これも私が母に買ってもらった本。
ここには、私が母にもらったものがたくさん置いてある。
「…」
私はふとさっきの母の声を思い出した。一体なんだったのだろう。すごく…寂しそうだった…辛そうだった。それと、私の名前を呼んでいた……
「お母さん……」
『帰ろう?』
「へっ!?」
突然聞いたことのない声が聞こえて私はとても驚いた。部屋も暗いのでさらに怖い。小さな子の声みたいだったが…
『帰ろうよ…僕たち寂しい。暗くて怖いよ…お家に帰りたいよ…』
「だ…誰…?どこにいるの?」
『僕たちここにいるよ。僕はクマのデイだよ』
クマのデイ…
私はあの大きな大きなクマのぬいぐるみを見た。この声は彼の声だろう。私はあのクマのぬいぐるみにデイと名前をつけた事を思い出した。ハッピーバースデーのデー、デイと彼を名付けたのだ。
『怖いよ…怖いよ…』
『明るいお家に帰りたいよぉ』
ここにあるものたちが喋り出す。みんなお家に帰りたがっている。
でも、どうしてこんなところにこの子たちはいるのだろうか?
「あなたたち、どうやってここに来たの?」
『…分からない、王子様と怖い猫、トランプの兵隊に閉じ込められたんだ…みぃ…助けて…一緒に帰ろう?』
「えぇ…う…うん。えぇと…」
王子様と…多分チェシャ猫が…なぜそんな事…
私だって帰りたいけど…帰り道が…帰り道…
「お城の…奥の……扉…」
よく思い出せない。でも、確かお城の奥の扉に行けば帰れるとか…
そうだ!扉を探そう!!そしたら申し訳ないが王子様にも会わなくてすむ。
「みんな帰ろう!!お城の奥の扉に行こう!!」
『本当に!?帰れる!?行こう行こう!!』
ぬいぐるみや家具、本たちがわちゃわちゃ動き出した。自分の足で歩けるようだ。でも、誰にもきづかれずこの大人数でそこまで行けるだろうか…それに…扉って…どこにあるの…?
色々おかしな所あります。後で直します。




