七十二のお話
「…私は嫌いです。死神同様、あなたを傷つけるやつは大嫌いなんです」
「フフッ、チェシャ猫は優しいなぁ」
私がそう言うと、チェシャ猫は照れくさそうに向こうを向いた。本当に優しい。私のことなんかを大事に思ってくれているんだな…
「お母さんのことはもういいや。自分で頑張って思い出すよ」
「そうですか…」
その後、少し長い沈黙が続いた。
どのタイミングで、何を話しかけようか、私が考えているとチェシャ猫が先に口を開いた。
「もうすぐですね、お城」
「へぁ!?えっ、そうなの!?」
私の体は緊張で強張る。
お城……怖い。私は…本当に王子様に殺されるかもしれない。どうしよう…
「ねぇ…チェシャ猫。王子様…私のこと本当に殺そうとしたりしないよね…?」
私がそう聞くと、チェシャ猫はこっちを見ながらニヤッと笑った。
「…王子様は、いい人…」
それだけ言って、チェシャ猫はまた前を向き直した。時々敬語じゃなくなるチェシャ猫は少し怖い。
本当に大丈夫なのか…
「…」
道の真ん中でなぜかチェシャ猫は立ち止まった。私も黙って止まる。一体どうしたのだろう?
「…」
黙って前を見ている。具合でも悪いのだろうか?
「チェシャ猫?」
私が名前を呼ぶと、チェシャ猫は真顔で私を見る。
その鋭く美しい目には出雲だけが映っていた。ただただ、静かにジーっと見られている。
「…?」
右頬に手を添えられる。チェシャ猫の口は、何か言いたそうに薄っすら開いている。
「ど…どうしたの…?」
「…あ……」
ハッと我に返ったチェシャ猫はパッと出雲から離れた。
「え…?どうしたの?大丈夫なの?具合悪い?」
「すみません、大丈夫です…、ちょっと考え事を…」
そう言ってチェシャ猫はまた歩き出した。何も聞かない方がよさそうだ。
チェシャ猫が何を考えていたのかは私には分からない。ただ、すごく寂しそうだった。
「そうだ、あの耳が赤いうさぎって…何者?」
私は今、パッと脳裏に浮かんだうさぎのことを尋ねた。正体が知りたい。
「……分かりません」
「…そう」
少しだけガッカリした。チェシャ猫なら何か知っていそうだと思ったのに…
あのうさぎ…そういえば前に自分は闇とか言っていた気がする…
「わぁ」
いつのまにか目の前には、背の高い白い花がたくさん咲いていた。まるでサトウキビ畑みたいだ。この中を歩くのだろうか?
「この花、覚えてますか?」
「え…?」
真っ白で…一本に一輪しか咲いていない大きな花…これは…
すぐそこまで来ている。なのに、なかなか出てこない。とてももどかしい気持ちになる。
「らっぱばな」
「…へ?」
「あなたはそう呼んでいました」
らっぱばな…ラッパ花…
「あ…」
思い出した。これは私の家の近くにたくさん生えていた花だ。本当の名前が分からなかったので、形がラッパっぽいことから私たちはラッパ花と呼んでいた。
懐かしい、よくこの花の中でかくれんぼをしたなぁ。
「私…大きくなったんだな〜」
あの頃は、とても大きく感じていたラッパ花。今見るとそこまで大きくない気がする。いや、でもまだ私より背は高い。
「行きましょう」
「う…うん」
ガサガサと音を立てながら花の中を進む。
あぁ…、懐かしい……
『もうすぐだね…』
「…へ?」
あの声だ……
なんだろうこの不思議な気持ち。
「……ぁ…」
細い沢山の花の茎と葉の向こうに、何か動くものが見えた気がした。とても気になった私は立ち止まってそっちを見てみる。
『アハハハッ!!早く早く!』
『待って〜!!』
小さな私…、それと…小さな兄…。どうしてあんなところに…?
『待ってるよ…みぃ…』
「…あぁ……」
小さな兄は立ち止まり、ここにいる私に向かってそう言った。そして、そのまま消えてしまった。幻覚…だろうか…。頭が少し痛んだ。
「美月さん?」
「…あ…、ごめんごめん」
ボーッとしていた私にチェシャ猫は声をかけた。私は急いでチェシャ猫のところまで行った。
「迷わないように…気をつけてくださいね」
「うん」
私たちは進み出す。
お城まではあとどれくらいだろうか…
「…」
白いラッパ花はやがて真っ黒な色へと変わった。中が少し薄暗くなった気がする。明るく美しかった花の中は、どんよりしていて気味の悪い場所へとなった。
「なんで…こんな色になっちゃったの?」
「……」
チェシャ猫は少し焦った顔をして黙っている。が、すぐに私の方を向いて、「きっと黒い絵の具が降ったのでしょう」と、誤魔化すようによく分からないことを言った。きっと何かよくないことがあるのだろう。
もうすぐ黒いラッパ花の道が終わりそうだ。花の茎と葉の向こうに何かが見える。
「あれが、王子様の待つお城です」
「……」
黒いラッパ花の道を抜けた先には、白いレンガでできた道と、美しい大きな大きなお城があった。映画や絵本の中でしか見たことのない立派なお城、今からあそこに行くのか……
「行きましょう」
「…うぅ…、ちょっと待って…」
まだ心の準備ができていない。お城には、嘘か本当か分からないが兄がいるらしい。一体どんな顔をして会えばいいのだ?私…本当に会いに行っていいのかな…
「…お兄ちゃん……」
「…待ってますよ」
緊張と不安と怖い気持ちでいっぱいいっぱい。まだダメだ。まだ…
雑でごめんなさい。後で直します…本当にすみません…




