六十八のお話
「進んでって書いてある…」
扉に木で出来たプレートがくっついていた。私は扉をゆっくりと開ける。
そして、中を覗いてみる。
「あっ」
あのうさぎがトボトボ歩いている。私は急いでうさぎの方へ行く。
「う…うさぎさん…」
近くで声をかけても返事はない。ゆっくりゆっくり歩いていく。
私は仕方なく黙って後ろをついていく。
「……」
窓の外は、墨を塗ったように真っ黒で何も見えない。電気のついていない廊下を慎重に歩いていく。
たくさんの記憶が戻ってくる。もちろん嬉しい、だけど、少し怖い。
『前…見て…』
「え!?うわっ!!」
突然聞こえた声に驚き、パッと顔を上げると目の前に一つの扉があった。考え事をしていて、全く気づかなかった私はドンっと扉にぶつかった。顔をぶつけて痛い…
私は扉を開き、中へ足を踏み入れる。ビチャビチャと、水を踏む音がした。真っ暗で何も見えない。
「う…うさぎさん……いるの…?」
私は小さな声でそう言った。もちろん返事なんて返ってこない。足元に気をつけながらゆっくり進んでいく。
「…うぅ…」
不気味に響く水の音が、私の不安を膨らませていく。せめて明かりがほしい…小さくてもいいから…
「……ぁ…」
前に人がいる。
こんなに真っ暗なのに、なぜかその人ははっきりと見える。
紫色のシマシマの服に、猫耳のフードのような帽子、背の高い男性…
「チェシャ…猫…?」
私が名前を呼ぶと、彼はゆっくりと振り返った。
見慣れた薄っすら笑いの顔、間違いない、チェシャ猫だ。
「何…してるの?」
チェシャ猫は何も言わず、ただじっとこちらを見ている。
「ねぇ…」
「こっちへ来てください…」
チェシャ猫は、私に手を差し伸べた。
私はとても迷う。手をとるか、とらないか…
ここにくる前のことを思い出し、私は怖くなった。
「…」
私が迷ってうだうだ考えていると、チェシャ猫はゆっくり私に歩み寄ってきた。
あの時の嫌な雰囲気はどこにもない。強引に連れていかれそうな、あの恐ろしいオーラはどこにもない。
私はチェシャ猫の手をとった。
「行きましょう」
優しくそう言って、私たちは手を繋ぎ歩き出した。
チェシャ猫の温かい手を握っていると、とても落ち着いて懐かしい気持ちでいっぱいになる。いつもこうやって歩いたなぁ…
「どこへ行くの…?」
私が質問しても、チェシャ猫はニコッと笑って答えない。諦めて静かに歩いていく。
「私はあなたを、楽しい世界へ導くために生まれました」
「…ぇ?」
突然チェシャ猫は喋り出した。暗く冷たい空間に静かな声が響く。
「あなたを、辛い最悪の世界から逃げ出させてあげるために…」
「…うん」
チェシャ猫は、私と兄を助けるため、私のスケッチブックから出てきた。
チェシャ猫は、私と兄がはじめて作った、不思議の世界の住人。
「不思議の世界は、あなたの本当の居場所…」
ぐるぐると回る、まだ思い出せていない記憶。
もやもやが喉に詰まってる感じだ。
「いじめる悪い人間もいない、だらしない、頼りない親もいない。幸せでいっぱいの国を、私たちで作った」
「…そうだよ」
何もかもから逃げ出して、チェシャ猫と兄と作った世界…
私たちだけの、幸せな世界…
「ずっと、一緒にいると…約束しました…」
「うん…」
永遠に、離れ離れになることなく、一生私たちは一緒にいると、あの花のいい香りのする大きな木の下で、約束した。
「…でも、それは叶わなかった」
「…え……?」
チェシャ猫は怨の篭った怖い声でそう言った。
急にこの場所が冷えた気がする。
「……奴らのせいで…、離れ離れになった……奴らは…あなたの兄だけでなく、あなたまでもを殺そうとした……あなたを…二度も…」
「……え…」
奴ら…あの4人組の事か…?私を…二度も殺すって…?
一度目は…多分あの川のこと。…二度目って……
「わっ!!」
突如、真っ暗なこの空間は光を放った。眩しくて目を開けていられず、ギュッと目を瞑る。
「………」
私は恐る恐る目を開けた。
「……ぁ」
薄っすら覚えのある教室…
一部が黒焦げ…床には…大量の血…と謎の液体。
「……いや……」
爆発…そうだ……あの灯油缶…
血と一緒に床を汚しているあの液体は灯油。
「…いや…いや…」
最悪の記憶が蘇る。
誤字とか多分あります……本当すみません…、後で直します…




