六十三のお話
「そうだ…そう…」
この世界は、私と兄の想像の不思議な力でできた世界だ。
母といじめ、その他の辛い現実から逃げ出したくて作った世界…
決してひとりぼっちになる事のない素敵な世界…
私の手はたくさんの思い出で溢れる。
「四十枚くらい…それ以上かな…」
私はまた落ちた紙を拾う。
すると…
『…ずーっと一緒にいよう』
真っ赤なクレヨンで大きくそう書かれていた。他に絵はない。
次に紙が落ちてくることはなかった。
この紙が最後みたいだ。
「私たちが作った世界…そうだったな……」
ポツリと呟き足を止めた。
そして、拾い集めた絵を見返す。
私の感情で色の変わる空、時計の森…
「懐かしい…」
自然と笑顔になる。温かいスープを飲んでいるような…そんな感じだ。
「…ん?」
後ろから、変な音が聞こえる。水が…流れる音…?
音は次第に大きくなり、こちらに迫ってきているようだ。
「…うわっ!!」
やはり水だ!それも大量の…
逃げなくては。水は大蛇のように私を追いかける。
私は紙を大事に抱え、前へ走る。さっきの疲れもあって、あまりスピードが出ない。急がないと、水に飲み込まれて溺れてしまう。
「んわっ!!!」
とうとう私は水に飲み込まれた。私の手から離れた紙は、泳ぐように流された。
苦しい…息が…
私はぐるぐると細いトンネルの中を流されていく。
「あうっ……」
窒息死するところだった。
私は硬い床に投げ出された。怪我はしていないようだ。
「水は…」
今まで水の中だったのに、私は全く濡れていない。
それよりここは……
「……学校…?」
並んだ机と椅子、前と後ろの壁に黒板。私の横には扉が開いた掃除道具箱があった。
もしかして、私はこの掃除道具箱から出てきたのか…?
私は立ち上がってあたりを見回す。目に入った動いてない時計の針は、ちょうど五時をさしていた。窓から見える空は真っ暗、夜だ。
私の前にある壁には、美術で描いたクラス全員分の作品が貼られている。
「ここは…中学校?」
ここが何の学校か調べるため、私は黒板の横に貼られた沢山の紙を見に行った。
「やっぱり中学校ね…」
私は元の世界に戻ったのか…?
ひとりぼっちの教室で、私はキョロキョロする。
『さぁ…全てを思い出すんだ…』
「!?」
あの声と共に、私の近くの扉が勢いよく開いた。
進めと、言っているのか…?
私は扉から顔を出し、廊下を見渡す。暗くてよく見えない……怖い……
「い…行かなきゃ…」
勇気を振り絞って私は前へ歩き出す。教室から出ると、また勢いよく扉が閉まった。
幽霊でも出そうな長い廊下。学校の廊下ってこんなに長かったか…?
終わりの見えそうにない廊下を私はゆっくり歩き出す。
カツカツと靴音だけが静かに響く。
歩いても歩いても進めていない気がする。ずっと同じ景色だ…
いくつもの並んだ教室、窓から向こう側の校舎が見える。ここは四階のようだ。
「どうしよ…」
このまま進んでも意味がなさそうだ。私はすぐそこの教室に入ってみる。
「あ…」
黒板に何か貼られている。近くに行って見てみよう。
「パパは元気…」
それだけが書かれた紙だった。どういう意味だろう…
私が貼られた紙の前で考えていると、後ろで物音がした。
びっくりして振り返ると、後ろの黒板にも何か貼ってあることに気がついた。私は後ろの黒板へ移動する。
真っ赤な下向きの矢印が書いてある。その紙の下には、真っ黒な表紙のアルバムがあった。タイトルは『私の記憶の父親』だ。
私は恐る恐るページをめくる。
「あ…」
一枚目の写真は、病院で寝ている茶髪の男性だけが写ったものだった。
「お…お父…さん…」
新たに蘇った記憶に色がつく。この男性は私の父親だ。
父は、身体も心も弱く、よく入院していたんだ…。私はページを次へめくる。
今度は、めちゃくちゃに荒れた部屋にぽつんと座っている父親。
確か…母と喧嘩したとき……。いや、喧嘩じゃない。母の機嫌が最高に悪いとき、父は意味もなく当たり散らされたんだ…
私ははっきりと覚えている。次へページをめくる。
「…」
また入院している父。
……
私はこのアルバムのタイトルを思い出す。
『私の記憶の父親』
これは全て私が見ていた父親だ……。写真なんかじゃない…
次々とページをめくる。
少し離れた場所から、私が見ている父親の姿……。いつも辛そうで、元気のない…
「そうだ…」
私はパパうさぎを思い出す。
彼を作った理由、彼がなぜあんなに元気なのか…やっと思い出した。
私は本当の父があんな風だから、元気でいつでも遊んでくれる父が欲しかったんだ…。だから、彼に父親となってもらい、いつも元気に遊んでもらった…
「パパ…」
アルバムの一番最後のページ。写真はなく、汚い文字だけが書いてあった。
『パパはいつもげんきじゃなきゃいや。いっつもわらってて、わたしたちとあそんでくれる!』
私が、書いたんだろう。
平仮名ばっかりの読みにくい字、小さい頃の自分の字だ。
私はアルバムを閉じ、元の場所に置いた。
後から色々変えると思います…すみません…




