五十九のお話
普通の木がたくさん、普通の雑草もたくさん。
本当にただの森みたいだ。
「ねえ、チェシャ猫…、お城は遠いの?」
「…そうですねぇ…。もうちょっとでしょう」
もうちょっとか…
やっぱり、ちょっと怖いなぁ…
「どうしました?」
浮かない顔の私を見て、チェシャ猫は薄っすら笑って聞いてきた。
「お城…怖いなぁって…」
「どうしてですか?」
「だって…、王子様に殺されるとか言う人もいるし…、みんな王子様の事を教えてくれないし…」
天気が悪くなり、風が強くなった。
風は私の背中を押す。
「王子様はとても優しい人です。大丈夫…」
やっぱりそれしか教えてくれない。
不安は積み重なってゆく。
「…そうだ。森でね、何かがみんなに伝わったって声を聞いたの。何が伝わったのか分かる?」
「はい、あなたの事…起こった事、これからの事…色々です」
これからの事?
「もっと分かりやすく教えてよ」
チェシャ猫は首を横に振り、「嫌です」と言って教えてくれない。
私の不安とイライラは溜まるばかり。もう、吐き出さないと爆発してしまいそうだ。
そうだ、別の方向に走って逃げて、チェシャ猫を困らせてやろう。
まるで小さな子供のような嫌がらせを考えた私は、右へ曲がって勢いよく走り出した。
「もうやだもん、怖いもん!!」
チェシャ猫の追ってくる気配はない。
どうしようか……
そうだ!さっきの門の方へ戻ろう。
大きくカーブして後ろへ走る。
「…はぁ…はぁ…」
もう、そろそろ門が見えてもいいのでは?結構走ったぞ?
来た道を戻って走っているのに、一向に門へ辿り着けない。どうなっているのだ?
走るのに疲れてきた私は、木の影に隠れるようにして立ち止まった。
「門…なんで…」
木の隙間から奥を覗いても、門の気配はない。どこかで道を間違えたのか?
それとチェシャ猫の気配もない。だが、あの人は突然後ろにいるお化けのような人だ。もしかしたらすぐそばに…
私は少し怖くなり恐る恐る振り返ってみたが誰もいなかった。
「はぁ…」
帰りたい。元の世界に…。でも、戻ってどうする?家はあんなの、親もよく分からない。私…終わってる…
『……!!……!!』
「ん?」
声が聞こえる。チェシャ猫のものではない。
怠そうで眠そうな、オヤジみたいな声……もしかして、ニセウミガメ?
「みぃ!!みぃ!!」
私を呼んでいる。ニセウミガメはとてもいい人だ。大丈夫…
私は声のする方へ走った。
「みぃ〜!!」
「ウミガメさん!」
私を呼ぶ声へ返事をする。結構近い…
「いたっ!!みぃ!!」
「ウミガメさん!!」
私は嬉しくってニセウミガメに抱きついた。ニセウミガメは優しく背中を撫でてくれる。
「なんでこんなところに?」
「大変なんだ!!えっとな!!」
ニセウミガメは、大量の汗をかき両手をバタバタしてとても慌てている。
「早く!隠れないと!!いや、逃げないと!!」
「なんで?あっ!!」
ニセウミガメは、なんの説明もなく私の手を引き走り出す。
「ねぇ、どうしたの?何を焦ってるの?」
「お城には行くな!!」
「なんで?」
走りながら、ニセウミガメは私の目をじっと見た。
「やっぱり、…君はずっとここにいちゃいけないんだよ!お城に行けば…君は…」
「!?」
突然、ニセウミガメの首から赤い鮮血が噴き出した。私とニセウミガメの手が離れる。
何が起こったか分からない私は、倒れていくニセウミガメをただ唖然として見ていた。
「…ウミガメ…さん…」
地面に血溜りが出来てゆく。
やっと状況を理解し始めた私はすぐにニセウミガメの方へ駆け寄った。
「ウミガメさん!?ウミガメさんどうしたの!?」
私はニセウミガメを抱きかかえた。
首がバッサリ横に切り裂かれていた。生暖かい血は私の手と服を赤く染める。
「なぜ…逃げるのです?」
耳を刺したチェシャ猫の声。いつの間にか私たちの前に立っていた。
まさかチェシャ猫が……
「ねぇ…、う…ウミガメさん…が…」
チェシャ猫はただ私たちを見下ろしている。
「やっぱり…こうなるか……。チェシャ…猫……、みぃ…ダメだ…早く逃げて……」
力なくニセウミガメは言った。
逃げる?ウミガメさんを置いて?そんな事はしたくない。
「早く行きましょう」
「チェシャ猫が…やったの…?」
チェシャ猫はいつもの薄っすら笑いで私を見る。
よく見ると、左手が少し赤く染まっていた。
「嫌よ!!」
ギュッとニセウミガメを抱きしめ、私はチェシャ猫に言った。
「みぃ…俺はもう大丈夫…早く…逃げて…。俺…みぃに…少しでも会えてよかった…。俺は幸せ……。だって、みぃの腕の中で死ねるんだ…」
「やめて!そんな事言わないで!!死ぬなんて…」
「守れなくて…ごめんな……何も出来なくて…ごめん…。ほんっと、俺はダメだな…。でもいつか…俺のこと、思い出してね……。俺なんかを…作ってくれて…ありがとう」
ニセウミガメは、そう言うと目をそっと閉じた。その瞬間、ニセウミガメがとても軽くなったような気がした。
私は涙を堪えきれなくなり、小さな子供のように泣き出した。
何も出来ないのは自分の方だ…
「……」
ニセウミガメの亡骸は、キラキラと光る無数の小さな青い光となって空へ消えていった。
服と手に染みついた血も一緒に消えた。ニセウミガメは、跡形もなく消えてしまった。
「ウミガメさん…ウミガメさん…」
泣いたって意味はない。ウミガメさんは戻ってこない。
「どうして…どうしてこんな事…」
チェシャ猫はずっと私を見ていた。
ウミガメさんは逃げろと言った。でも、怖くて仕方がない。足が震えて動けない…
「裏切り者ですから」
「……もう…やだよ…」
雑ですみません。後で直します。




