五十四のお話
「はぁ…」
溜まった疲れに押し潰されてしまいそうだ。私はゆっくりと目を閉じた。
このまま何もかも忘れて消えてしまいたい。私はなぜかそう思うようになってきてしまった。
「やっぱダメだな…自分…」
あの時兄は言った。私に強く生きろと。私への最期の願いだ。
「お兄ちゃん…」
「…」
気づけば私は真っ暗な空間に座っていた。寂しく水がポタポタと落ちる音だけが聞こえる。
『あんたのせいよ!!』
物凄い怒声が暗闇に響いた。その後に何かが壊れる音。
私は今の声に聞き覚えがあった。
『いっつもいっつも!!あんたは人を困らせてばかり!!』
ごめんなさい。ごめんなさい。
響く金切り声は私の頭に突き刺さる。
『消えてしまえ!!』
「……」
目を薄っすら開くと、真っ赤に染まった空が見えた。
私は硬い地面に大の字で寝転んでいるようだ。
「う…ぃ……」
重い体を起こし、辺りを見回した。
「…うそ…」
見覚えのある門、見覚えのある家…。間違いない、目の前にあるこの建物は私の家だ。私…元の世界に戻れたのか?…でも、空が変だ。それに全く人の気配がない。まるで私だけの、空っぽの世界のようだ。
そんな事はどうでもいい。私は急いで立ち上がり、門を開けた。
「…ぁ」
ドアに鍵はかかっておらず、すぐに家の中に入る事ができた。
不気味なくらい静かで誰もいない。それに家の中はひっくり返したように散らかっている。
私は階段を上がり、自分の部屋を目指した。
「……っ」
私の部屋も、下と同様酷い有り様だ。大事なぬいぐるみの首は全部引きちぎられ、時計はズタボロに壊されている。小さなテーブルには包丁が突き刺されており、沢山の刺し傷があった。
私は足元に気をつけ中へ入って行く。
「何で…こんな…」
一つの壊れたぬいぐるみを拾い上げた。それはさっきのモグラによく似ている。
バラバラにされた大量の本、ビリビリに引き裂かれた絵…
ぎぃ……
「!?」
階段…いや、一階から物音が聞こえた。誰か来たのだろうか…。
ダン…ダン…ダンッ…
階段を上ってくる。
私はとっさにベッドの下に隠れた。そして息を殺す。
ギィ…
ドアが開けられた。地震が起きるのではないかというほど高鳴る鼓動。
お願いだ。早く出て行ってくれ…
「……、……」
女性の声だ…。弱々しく生気を感じない。
「……」
私は拾ったぬいぐるみを握りしめ、時が経つのをじっと待った。
「私……、……ね…」
女性はそう力なく呟いて部屋を出て行った。女性の言葉をはっきり聞き取ることはできなかった。
私は女性が階段を下りるのを待った。足音は遠ざかっていく。
「…大丈夫…大丈夫…」
呪文のように小さく呟き、私はベッドの下から出て、ゆっくり静かに部屋の鍵をかけた。
「…あぁ……、怖かった……」
一気に体の力が抜け、私はグタッと壁にもたれかかり座った。
窓から差し込む光が荒らされた部屋を紅に染める。
「…?」
私は足元にまだ綺麗な状態で落ちている一冊の分厚い本を見つけた。それを手にとって汚れを叩いた。
「わたしの日記」
表紙にはそう汚い字で書いてあった。
私の日記…。
表紙に手を置き深く息を吸った。開いて…いいんだよね…。だって私の…日記だもん…。
私は恐る恐るページをめくった。
『きょうは、ふしぎの国でお兄ちゃんとチェシャねことトランポリンであそんだよ!!
お兄ちゃん、すごーく高くとんでてすごかった!!わたしはチェシャねこと手をつないでとんだよ!
さいごはみんなで手をつないでジャンプしたよ!!楽しかったよ〜!!』
平仮名ばかりで読みにくい文の下には、可愛い絵がクレヨンで描かれていた。
私は次のページをめくる。
『きょうはね、お兄ちゃんとリアンとチェシャねことネムチーと一緒にお茶会をしたよ!!
ロシアンルーレットっていうのをしたよ!一つだけわさび入りなんだよ〜
それをね、お兄ちゃんがのんだんだよ!』
兄と、不思議の国の人々と遊んだ記憶。めくるページと共に私の記憶は少しずつ蘇る。
『きょうは、ママをすごくおこらせてしまった。よくわからないけど、わたしがわるいことをしたんだ。
だから、しにがみさんにあいにいったよ。しにがみさんはすごくいい人だよ!お兄ちゃんもすきになってほしい。』
兄は死神さんの事が嫌いだったのか?なぜだろう。
私は次々とページをめくっていく。
かくれんぼに鬼ごっこ、お絵かきに空の旅。私は兄と不思議の国の人々と、とても楽しい日々を過ごしていたらしい。時々辛い出来事も書いてある。だけどその後、必ず誰かが慰めてくれたと書いてある。
「……ぁ」
日記は残り数十ページを残して終わっていた。最後に書かれているのは、学校は辛いけどみんながいてくれるから大丈夫、という内容だった。私は飽き性だから、書くのが面倒くさくなったのか…?
日記帳を床に置き、私は立ち上がった。だが…
「…どう…したらいいんだろ…」
ここは多分あの不思議の国じゃない。現実世界だろう。空が赤いのはよくわからないが…
目指していたお城もない、家は荒らされ放題。私は…
「頭…治りました?」
「!?」
突然隣から人の声が聞こえ、私は思わず腰を抜かし床に倒れた。
紅い光に照らされ現れたのはチェシャ猫だった。どうしてここに…
「痛く…ないですか?」
「あ…頭…、うん…」
まだ心臓がバクバクいっている。
チェシャ猫は私に近づいてくる。
「さぁ、戻りましょう。向こうの世界へ…」
雑ですみません。後で多分直します。




