四十七のお話
ワアアァァァァ、と騒ぐ大きな声がだんだん聞こえてきた。私はいつのまにか床に座り込んでいた。手の中のストラップはなぜかなくなっている。
「おかえりなさい」
冷たいチェシャ猫の声が聞こえる。
今のが…本当に、私の記憶なの…
涙目で震える出雲を、チェシャ猫はいつもの薄っすら笑いで見ていた。何千個もの目覚まし時計が、一気になっているようにうるさい会場。観客の熱気や殺意、恐ろしい言葉の滝で私は今にも潰されてしまいそうだ。
「では…、優しいアリスに問います」
ダメだ。聞きたくない!!
「悪いアリスは…、無罪…ですか?…有罪…ですか?」
「嫌…嫌…」
私は耳を塞いで顔を背けた。会場全体が一体となり、大きな有罪コールを始めた。
「有罪!有罪!悪いアリスは死刑!死刑!!」
「やめてぇ!!」
聞きたくないよ、今は何も聞きたくない!!お願いだから…
「さぁ、早く答えを…」
「嫌だ!何も言わないで!!」
あの記憶が戻ったせいで、私の心は大きく揺れ動き、バキバキにヒビが入った。副島を有罪にして、死刑にしたって、もう過去には戻れない。何も…戻らない。だから、もう…何も言わないで…何もしないで…
「ほら、立ってください。そして大きな声で叫ぶのです」
チェシャ猫は、小さな出雲の腕を引っ張り無理矢理立たせた。
「嫌だ!もうやめて!!もう……私を殺してよ!!」
こんな事なら、いっそのこと私が死んだ方がいい。私のせいで兄は死んでしまった。それに記憶も全然ない。苦しいだけの世界で私は生きていたくない。チェシャ猫の服を引っ張って私は叫んだ。
その瞬間、会場の有罪コールはぴったりと止まった。
「有罪か、無罪か。聞いているのはそれだけです」
静かな会場にチェシャ猫の声が薄く響いた。
「あなたが答えられないなら、多数決をとりましょう」
「え……っ!?」
チェシャ猫は私から手を離し、正面を向いた。
「では、悪いアリスは無罪でいい、という者は手をあげて返事をしてください」
「……」
会場は静まり返った。手をあげている者も、声を出している者も、たったの一人もいない。
…こんな多数決、やる意味なんてない。結果はもう分かっているのだから。
「では、有罪…で、決まりですね」
会場は地鳴りがするほどの歓声で埋め尽くされた。喜び泣き出す者、嬉しさのあまり気絶する者が次々現れる。
「有罪、彼女を死刑にする」
チェシャ猫がそう言うと、食材係のネズミ三匹が、大きな包丁を持って繋がれた副島の前にやって来た。そして、観客に向かって丁寧にお辞儀をした。
「悪いアリスの処刑を始めます!」
そう言って大きな包丁を持ったネズミ、テリーが副島の方を向いた。
「しっかり、見ておいてください」
チェシャ猫はそう言って私に前を向かせた。
「ホイィ!!」
テリーは大きくジャンプして、副島の首に深く包丁を突き刺し、バサッと縦に切り開いた。服、骨をも切り裂き、副島は腹を開かれた魚のようになった。ぼたぼたと腹の中のモノが地面に落ちる。観客たちからは、大きな拍手が送られた。
「やめて…やめて…」
私はこんなの望んでない。見たくない。
チェシャ猫の手を振り払おうと暴れるが、小さな私はすぐに押さえられる。
「嫌だぁ!!やめて…やめてよぉ!!」
副島は憎い。だけど、こんな事……こんな事したって……
私の頭の中はぐちゃぐちゃになってゆく。
「バラバラいくよ〜!」
返り血に塗れたテリーが楽しそうに言った。イリーがポケットから何かの小さな機械を取り出し、真ん中の赤いボタンを押した。
キリキリキリと、金属の嫌な音が数秒間聞こえ、ガチャンという音の後に止まった。
「んじゃ〜いっくよ〜!」
副島を繋いだ四本の鎖が巻かれていく。このままでは副島の手足が千切れてしまう。
「ほら、ちゃんと見て」
副島の左足が、付け根からブチブチと千切れた。血がドロドロと流れ落ちる。副島は悲鳴をあげる事もなく、もう死んでいるかのようにぐったりしている。観客の歓声がさらに大きくなった。ジャランと音を立てて、左足を繋いだ鎖が落ちる。床に広がる血の池。次は右腕が千切れてゆく。
「もう…嫌……」
千切れる音を聞くだけでも吐き気がする。早くこの場から逃げ出したい。会いたかったはずのチェシャ猫とも、今は離れたい。もう、何も考えずに死にたい…
そればかりが私の頭の中をぐるぐる回る。
「あれまぁ…」
右腕と両足が千切れ、左腕を繋ぐ鎖は緩み副島は床にグチャリと落ちた。盛り上がる観客たち、大きな大きな拍手が起こった。
「裁判はこれでおしまいです」
そう言ってチェシャ猫は観客たちに軽く礼をした。まだ興奮気味の観客たちは、飛び跳ねたり逆立ちしたりしている。食材係のネズミたちはせっせと処刑の後片付けを始めた。
「最高でしたね」
チェシャ猫の言葉が、私の耳に刺さるように聞こえた。私は座り込み、頭を抱えて目を瞑った。
雑でごめんなさい。後で直します。




