三十五のお話
「パパだよ!パパだよみぃ!!」
そう言いながらうさぎは私の周りをくるくる回る。人間でいう二歳くらいの大きさだ。
「あ…あの…」
「また背が伸びたね!パパ嬉しいよぉ!!」
話を聞いてくれない。私は死神さんに目でヘルプを求めたが、死神さんは少し離れた場所にある木の後ろでニコニコしながら隠れている。
「違…あの…」
「長い間会えなくて悲しかったよー!みぃも寂しかった?寂しかったよぉぉおお!!」
本当に人の話を聞かないヤツだ…。それより、長い間会えなくて悲しかった、と言っているが、私は昔、このうさぎと会っているのか?それにパパって…?
「ごっ、ごめんなさい!私…あなたの事…分からない…」
私が謝ると、釣ったばかりの魚が飛び跳ねるように動き回っていたうさぎがぴたりと止まった。一瞬何があったか分からない、という顔で私の顔を下から覗き込んだ。
「パパだよ!パパだよ!みぃのパパだよ!!」
そう言って私の目の前で跳ねた。何て言っていいのだろう…
「…ぅ、ごめんなさい…。実は、記憶がなくて…」
「きっ、記憶!?記憶がない!?パパのこと…分からない!?」
うさぎは頭を抱えてぴょんぴょん跳ね回った。どうしていいか分からず、また死神さんに目でヘルプを求めたが、死神さんは助けてくれない。
「パパだよ…パパだよぉ…」
「うぅ…、ごめん…なさい…」
目に涙を浮かべてうさぎは言う。本当に申し訳ない…
「じゃあ、ドードー鳥たちと一緒に遊んだことも、お花畑で鬼ごっこしたことも忘れちゃったの……」
ドードー鳥…、お花畑…。記憶のどこかにはあるのだろう。でも、それを見つけることができない。まるで、濃い霧の中でのかくれんぼみたいに…
「ヤダああぁぁぁぁあ!!僕はパパだよぉ!悪いアリスを捕まえて、みぃに喜んでもらうんだぁ!!」
「あっ、ちょっとっ!!」
うさぎはそう言って、どこかへ走り出そうとしたので、私は慌てて両肩を掴んで止めた。うさぎは悪いアリスと言った。この世界の人や動物たちは、落ちてきた私たちをアリスと呼んでいた。久しぶりに聞いたので、一瞬何のことか分からなかったが、すぐに思い出した。もしかしたら…いや、多分東村たちのことだ。
「ねえ、その悪いアリスってどこにいるの?」
「男は捕まったよ!メガネ女は逃げたんだ!!大丈夫だよ!!僕が捕まえる!」
「捕まったら…どうなるの…?メガネ女はどこにいるの?」
「捕まったら?捕まったら…多分死刑!!メガネ女はあっちに逃げた!急げ急げ捕まえろー!!」
捕まったら死刑ってどうしてさ!?じゃあ、東村は……。とにかく今は副島を探す事にしよう。先のことは後で考えよう。
突然、うさぎが大人しくなった。そして…
「みぃは大丈夫、早く王子様に会いにいくんだ。僕の大事な子…」
真面目な声でそう言って、うさぎは私に向き直り両手を広げた。
よく分からない、だけど私は何も考えず、吸い込まれるようにうさぎとハグした。ふわふわしていて温かい。ケーキのような甘くて懐かしい、いい匂いがする。私の脳内で見え隠れするこの記憶。きっとうさぎとの記憶だ。
「パパ…」
「大丈夫…早く王子様に会ってあげてね。すごく待ってるよ」
私の口からは、自然にその言葉が出てきた。もしかしたら、本当に父親なのかもしれない。私はうさぎから離れ、うさぎの目を見た。いつもは色んな方向を向いている赤と青の目は、私の目だけをじっと見つめていた。私の中でぐるぐる回る何かは、もう喉のあたりまで来ている。だけど…
「今は思い出さなくていいよ…。もうすぐ思い出せる…だから大丈夫」
「…うん」
私はそれを飲み込んだ。今は思い出せなくても、きっともうすぐ思い出せる。私はそう思ったからだ。確か、チェシャ猫もうさぎと同じようなことを言っていた気がする。
「それじゃあ僕は行くよ!!逃げたメガネ女を探すんだぁぁぁ!!」
うさぎはそう言って、すぐに壊れたおもちゃのようになって走って行ってしまった。私はもう引き止めず、うさぎを行かせた。まだ聞きたいことは沢山あった。でももういい。自分で探していこうと思った。
「すみません…隠れてて…」
うさぎがいなくなると、死神さんは木の後ろから出てきて私のところまで来た。
「大丈夫だよ〜」
私が笑ってそう言うと、死神さんは安心してフゥと息を吐いた。
「それより、早く副島を探さないと…」
「どうして…」
死神さんはとても不思議そうな顔をして聞いた。どうしてって…
「捕まったら殺されるかもしれないんだよ…」
死神さんはまだ不思議そうに首を傾げている。まぁいいだろう。今は副島を早く見つけないと…
「行くよ、確かうさぎはあっちって言ってたね」
私たちは、副島を見つけに黒い木の森の中を歩き始めた。
本当に雑でごめんなさい。後で直します。




