三十のお話
苦しい苦しいーー
耳障りな音が鳴り響く真っ暗な空間、私一人のようだ。酸素が薄いのかとても苦しい。
「ごめんなさい…ごめんなさい…悪い子でごめんなさい…」
どこかから女の子の声が聞こえる。女の子は泣きながら謝っている。とても辛いことがあったのだろう。一体どこにいるの?
「ママ…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…」
お母さんに怒られたのだろうか?闇の中に響く声はとても冷たく、寂しくて心が痛くなる。ぼんやり女の子の影が少し離れた場所に現れた。
「××は悪くないよ!大丈夫だよ!ママは怒りん坊なだけだよ!」
優しくて温かい、あの男の子の声だ。男の子は泣いている女の子を宥めている。
「さあ!不思議の国へ行って遊ぼう?チェシャ猫もみーんな待ってるよ!」
そう言って男の子はあの水色の猫のストラップを女の子に渡した。
待って…待って、あれって…
私の記憶が、流れ星のように頭の中をぐるぐると回る。それはとても素早くて、捕まえることが出来ない。もう少し…もう少しで思い出せそうなのに…!!
「待って!!」
私が叫ぶと同時に、また白い光に飲み込まれてしまったーー
「んぅ…」
眩しい陽の光で目が覚めた。ここはあの部屋ではなくなっている。起き上がろうとしたが、体に何かが乗っかっているように重くて動けない。……あれ…?
「やぁ、おはよ」
「!?」
チェシャ猫!?じゃない、いやチェシャ猫?わからない。長くて黒い前髪で目は隠れている。顔はチェシャ猫と瓜二つ、だが服が違う。チェシャ猫は紫のシマシマの服だが、この人は白と黒のシマシマだ。それより、なんでこの人は私の上に乗っかってるんだ?
「あの…あなたは…?」
私はそのまま質問した。するとその人はニコニコして、
「僕はチェシャ猫」
そう言った。まず、チェシャ猫とは喋り方が違う。それにチェシャ猫は僕って言わない…。この人は嘘を吐いている?いや、もしかしたらただイメチェンしただけかもしれない。さっき皆んなを怖がらせたから…。私の中に沢山の疑問が生まれていく。
「あの…重いんですけど…」
「ん〜?ごめんね」
そう言っておりてくれた。だが、私が起き上がった瞬間その人は私を力一杯抱きしめてきた。苦しい…これはチェシャ猫じゃない…チェシャ猫はこんな事しない…はず…
「苦しい…離して…」
「やぁだ」
その人は意地悪く言った。待って本当に苦しい、窒息しそう…。私が彼の腕の中でもがくと、彼は倍の力で締めつけてくる。一体なんなんだコイツ!!
「待って、マジで待ってこれ死ぬよ私!!」
「んふ」
小さく笑ってその人は離してくれた。前髪の間からチラチラ見える目はとても楽しそうに笑っている。チェシャ猫ならいつでも薄っすら笑い、この人はチェシャ猫じゃない…
「誰…あなた…」
私はもう一度聞いた。彼はニコニコして「僕はチェシャ猫だよ」と同じ答えを返してきた。
「違う、チェシャ猫はこんなんじゃないもん!」
そう言って私は立ち上がった。そういえばあの2人がいない。本物のチェシャ猫もいない。私は辺りを見渡した。また森の中のようだ。ここは木がなく、丘のようになっている。
「どうしよう…」
どこへ向かって歩けばいいのだろうか。誰もいなくて急に不安になってきた。
「僕と一緒に行こうよ」
そう言って自称チェシャ猫は立ち上がった。私は少し警戒して一歩さがった。が、彼は二歩近づいてくる。
「どこへ…?」
私が尋ねると、彼は右の方を指差した。そしてその方向へ歩き出す。着いていくか、行かないか…。迷っている暇はない。ここで一人、ボーっとしていたって意味がない。私は彼に着いていくことにした。
「ねぇ、どこへ行くの?」
「秘密」
自称チェシャ猫は行き先を教えてくれなかった。ここはチェシャ猫と同じだ。彼に着いて行ったらあの2人に出会えるのだろうか…
「君はママの事好きかい?」
「…今は分からない…」
彼は突然母親の事を聞いてきた。私は今、昨日の朝から後の記憶がないので答えることができない。
「ママの事…知りたい?」
私はドキッとした。今、そんな事を聞いていいのだろうか。私の母親の事だから聞いていいに決まっている。でも、頭の中のどこかで、聞いてはいけない、と言われている気がする。どうしよう…。自称チェシャ猫は私をニコニコして見ている。
「今は…いい…」
「そう」
まだ聞かないでおく。聞いてしまったら、何か大切なものを失ってしまう気がした。それに、この人は本当のことを教えてくれるか分からない。さっきから嘘ばっかりだからな。私と自称チェシャ猫は、優しい追い風に背中を押されながら森の中を進んでいく。
変なところ後で直します、すみません…




