十九のお話
「ここ…刺したら痛いですよね…」
「うっ…やめて痛いよ!!」
ナイフの鋭い刃は私の肩にどんどん食い込んでいく。痛くて気が狂いそうだ。やるなら一気に刺してくれ、じわじわ刺される痛みよりそっちの方がマシだ!!
「お願いやめて!!チェシャ猫助けてぇ!!」
私は腹の底から声を出した。チェシャ猫、お願い…早く…
「チェシャ猫…チェシャ猫は嫌いです…」
死神は呟いた。そしてナイフをパッと抜いてくれた。だが、首を掴む手は退けてくれない。傷口からどくどくと血が流れ出ている。
「チェシャ猫は…ずるい…アイツは…」
ぶつぶつと独り言のように私に言った。
『私の、何がずるいんですか?』
聞き慣れた低く冷たい声、チェシャ猫だ!やっとチェシャ猫が来てくれた。
「チェシャ猫!!」
一気に不安が吹っ飛んだ。嬉しくて笑顔になった。
「チェシャ猫…」
「うぐっ…!!」
死神の右手に力が入り、首が絞まって苦しい。チェシャ猫、早く助けて!!
「その子を返してください。私たちは行かなければ…」
「嫌です」
「わわっ!!」
死神は私を抱きしめるようにして身動きを取れなくした。チェシャ猫は腕を組みいつもの薄っすら笑いだ。
「王子様のところに行くんです」
「ダメです、行かせません」
死神の私を抱きしめる力が強まった。
「どうしてです?そんなに消されたくないんですか?」
死神はさらに強い力で私を抱きしめた。なんだろう、この感じ、あぁ、思い出せない。
「えぇ、当たり前でしょう。私、死神は『傷つける存在』。本当は、最初から出来てはいけない存在だった。でも、彼女は作ってくれた」
死神のその言葉を聞いて、私の脳内を何かが駆け巡った。
ーーそう、私が彼を作ったんだ。
『死神は私を愛してくれる、でも、愛が重すぎて道を外れ、私を傷つけてしまう。死神の中では、痛み=愛。死神は、傷つける存在。』
私は、彼の事を思い出した。
「死神…さん…」
私が名前を呼ぶと彼は力を緩め、私の顔を見た。その顔は「嬉しい」という感情の塊のようだった。
「もう、忘れないで…私には…あなたしかいないんです…このまま…あなたに忘れられたまま…消えたくなかったんです…」
今度は優しく、優しく私を抱きしめてくれた。私も彼を抱きしめた。懐かしい、前もこんな事…あった気がする。でも、いつかは思い出せない。
「美月さん、行きますよ」
チェシャ猫の冷たい声が私たちを刺すように聞こえてきた。その声には少しの怒りを感じた。
「ねぇ、もし私たちが王子様に会ったら、死神さんは消えてしまうの?」
私は死神から離れ、チェシャ猫に聞いた。
「さぁ、もう消えないんじゃないんですか。あなたが思い出してしまったから」
チェシャ猫は適当な答えを返してきた。私は死神さんの顔を見た。
「私を作ったのはあなただけ、あなたが私を本気で消したと思えば私は消える。思わないでくれれば私は消えない。たとえ王子様が命令しても私は消せないんです」
死神さんはよく分からない難しい説明をした。簡単に言えば、私が死神さんの事を消えないでほしいって思っていればいい、という事だろうか。よく分からない。
「チェシャ猫は…ズルい…」
また死神さんがさっきと同じ事を呟いた。その闇色の目は鋭くチェシャ猫を睨んでいた。
「さぁ、美月さん。早く行かなければ朝が来てしまいます」
チェシャ猫は私の腕を強引に引っ張った。私は危なく転けそうになった。
「美月…さん…」
死神さんは弱々しく呟いた。私はチェシャ猫に引っ張られながら振り返った。
「死神さん!大丈夫だよ!」
私は死神さんに笑って言った。死神さんは少しだけ笑顔を見せた。チェシャ猫は構わず私を引っ張って歩いた。死神さんが言っていた「チェシャ猫はズルい」、どういう意味なんだろう。
私とチェシャ猫は外に出た。やはり木の中だったらしい。外は相変わらず真っ暗で冷たい風が吹いていた。さっき、チェシャ猫が早くしないと朝が来るって言っていたから、もう外は明るいんだと思っていた。
「ねぇ、チェシャ猫…」
「はい?」
私は聞きたい事が山ほどある。なのに、口に出そうとすると、なかなかまとまって出てこない。
「今は、何も考えなくていいんです」
静かにチェシャ猫は言った。「考えなくていい」そう言われても気になる事が多すぎて…
死神さんの事、これからの事、王子様の事…
それより、私の家族はどうしているのだろうか?心配している…?いつまでも帰ってこないから怒っている…?私はふと母親の顔を思い出そうとした…
「……ぇ……」
思い…出せない…?なんで?十年以上一緒にいる母の顔、母の事が思い出せない。私は歩く足を止めた。
母の事だけじゃない、父の事も思い出せない。それに、昨日の事も思い出せない。あの悪夢から覚めた朝から、その前の記憶が一切ない。私は…記憶喪失…?
「…なんで…なんで…」
強く頭を打った覚えもない、いや、忘れているだけ?何もかも、訳が分からなくなり私の頭は混乱し始めた。
変なところ後で直します。雑でごめんなさい…




