十八のお話
金木犀のような、甘くて優しい香り。私はこの匂いが昔から大好きだ。今は暗くて見えないが、きっとこの木には花が咲いてるのだろう。明るくなったら見てみよう。
私は座っている3人を見た。3人はもう眠っていた。疲労とストレスでいっぱいなんだろう。東村の手元に置いてある血のついたナイフが、月明かりに反射してキラリと光った。私は、3人を起こさないようこっそり近づいてそのナイフを奪った。こんな物を東村が持っていたら、いつかチェシャ猫を刺したりしそうで怖かった。そういえばチェシャ猫は…?
いつの間にかいなくなっていた。私の後ろにも木の裏側にもいない。どこへ行ってしまったのだろう。私は少し不安になった。真っ暗な森に私たちだけ、いつ危険な生き物が来てもおかしくない。
「はぁ…」
私は小さなため息を吐いた。木々の隙間を通り抜け、私に優しくぶつかる夜の風は冷たくて寂しい。私は握ったナイフを見た。何かあったらこれで…
ビュウゥッーー
突然強い風が吹いた。木々がざわざわと揺れる。まるで大きな獣が近づいてきているかのような緊張感。3人は気づかず眠っている。私の心臓の鼓動は次第に大きくなってきた。怖い…チェシャ猫…
「見つけた…」
「!?」
暗闇に響く、低く美しい男性の声。チェシャ猫の声ではない。東村の声でも井上の声でもない。私は得体の知れない恐怖で体が震え、動く事が出来ない。お願い、何も来ないで…
「わっ!?!?」
私の願いは叶わなかった。突如私の足は地面を離れ、猛スピードで闇の中へと引きずり込まれる。
「大丈夫です…」
さっきと同じ低い声、私は誰かに抱えられている事にやっと気がついた。顔は見えない。真っ黒なフードを被っている。私はこのまま殺されてしまうのだろうか…。
吸い込まれるように私はどこかへ連れて行かれる。
「…」
ピタリと風を感じなくなった。フードを被った男は走るのをやめていた。私は怖くてぎゅっと瞑っていた目を薄っすら開いた。灯りが…ある…ロウソクの灯りだ。室内だろうか?
「わ…」
私はゆっくりと地面に下された。地面はさっきと同じ砂だ。室内ではないのだろう…。それより、私の目の前に立つこの人は一体…
「美月…さん…」
そう言って男はフードを脱いだ。真っ黒な髪と目、前髪で左目は隠れている。色白で背の高い男性だ。黒くて長い服、胸の辺りに白いリボンが付いていた。
「私の事…分かりますか?」
男は私に優しく尋ねた。まただ、このモヤモヤ。きっとこの人の事も本当は知っている。
「ごめん…なさい…分かりません…」
私が正直に言うと、男は「そうですか…」と呟くように言った。そして私が握っていたナイフをチラリと見た。
「それ…貸してください」
私はビクッとして一歩後ろへ下がった。このナイフを貸したらどうなるか想像してしまったからだ。
「さぁ…」
「…いや…」
男は手を差し出し、じりじり近づいてくる。私はナイフを後ろに隠して後退する。誰か助けて…
「!?」
壁だ。なぜこんなところに。ここはもしかして木の中か!?触った感じがボコボコしていてなんとなく私はそう思った。
「こっ…来ないで!!」
私は叫ぶように男へ言った。それでも男は気にせず近づいてくる。そして…
「っ…!?」
私の首を右手で後ろに押さえつけるよう掴んだ。怖い、そして苦しい。
「ぁ…ぅっ…」
とうとう私はナイフを奪われてしまった。私を押さえる右手にはそれほど力が入っていない。だが、抜け出そうとすると刺されそうなので大人しくしている。
「あなたは…誰?…どう…して…こんな事…」
恐る恐る私は男に聞いた。男はニィッと笑って答えた。
「私は死神です。これはあなたが決めた事でしょう?」
私が…決めた?一体何を?こうされる事を?なんで…
死神と名乗った男は、ナイフに付いていた血を自分の服で綺麗に拭き取った。何をされるのだろう。
「もしかして…何も覚えていないのですか?」
綺麗になったナイフを眺めながら死神は言った。そして小さく「あぁ、そうか」と呟いた。そして、そのナイフを私の顔へ向けた。
「あぁ、綺麗な顔ですね…」
「うっ…」
ナイフは私の右側の頬をゆっくり傷つけた。痛くて今すぐにでも逃げ出したいが、怖くて足が震え動けない。誰か…チェシャ猫…助けて…
「いい色だ、赤がよく似合う」
「やめ……」
頬から流れ出る血の雫を死神は舌でなぞった。そして傷口を吸ったり軽く噛んだりしてくる。すごく痛い。怖い怖い、もう嫌だ…
「怖い…怖いよ…助けて…」
死神はグッと私に顔を近づけ、ニィッと笑った。その光を飲み込むような真っ暗な瞳がとても怖い。
「怖い…ですか。よかった…」
よかった?一体何が?
私の涙はとうとう溢れ出してしまった。その涙が傷に染みて痛い。
「やはり私の事は思い出せませんか?そうですね…じゃあ次は…」
死神の握ったナイフの刃先は私の肩に当てられた。刺される。もう嫌だ…
変なところいっぱいあると思いますすみません…。後で直します。




