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「えっ、今、ですか」
冴島さんはテーブルを片付けながら言った。
「他の人に知られたり、迷惑をかけるわけにはいかないでしょう。最悪噛まれている時間で命令を入れられる」
「俺が、噛まずに殺したりしたら」
「その時はその時ね」
そう言って、冴島さんは笑った。
「命令が外れたからって、影山くんは影山くんでしょ。その影山くんに殺されるなら、しかたないんじゃない」
「……」
冴島さんは、俺が『ドラキュラ・ヴァンパイア』の力を抑制すると信じている。だから、多人数で取り押さえられる状況下ではなく、この場で命令を解除しようとしているのだ。
「それに『病気が進行していたら』そういうことがありえるけど、影山くんは治療を続けているのよ。すこしは治っている方のことも考えて」
俺はうなずいた。
冴島さんはテーブルに紙を並べていた。
「なんですかそれ」
「式神」
最後に、一枚の紙をもって扉に行き、そこに張り付けた。
「それは?」
「封印よ。確かめているときに、外から入られたら困るし、ドラキュラ・ヴァンパイアの影山くんを部屋から出すわけにはいかないでしょ」
紙を扉に貼った瞬間、風の音や虫、鳥、獣の鳴き声など、外からの雑音がピタッと聞こえなくなった。
「さあ、用意はいい?」
「はい」
言ってから、俺は唾をごくりと飲み込んだ。
ショートボブに濃いメイクをした女性が、林の中を駆け回っている。
女性は、林を走り抜けると、息を切らせながら、そこにいるもう一人の女性の言葉を待っていた。
「初音、もっと早く見つけて霊弾を撃たないと」
そう指示する女性は、トレンチコートを着て小さな庭に立っていた。
「はい」
「ここは、霊圧が非常に低いのは知ってるでしょ」
「はい」
「……ってことは何かいたらすぐ感じるわけ。だから、もっと速く走れるはずなんだケド」
「はい」
蘆屋初音は、返事をするとすぐにハアハアと大きく肩で息をしていた。
「もしかして体力がついてこない?」
「そ、そんなことありません」
トレンチコートの女性は、林の方に視線を移した。
胸の前で組んでいた手を動かし、コートの中に入れていたムチに手をかけた。
「初音、何体の霊体を撃った?」
「えっと…… (ハアハア) 二十四、五体……」
トレンチコートの女性は、小さい庭に置いてあった膝ぐらいの高さの箱型のスピーカーのような機械を確かめる。
「こっちが仕掛けた数の三倍以上いるんだケド」
「えっ?」
初音が振り返ると、林から怪しげな影が出てくる。
その影、霊体は一、ニ体という数ではない。十七、八体…… と言ったところか。
「橋口さん、こいつらわっ??」
「あたしにもわからないんだケド」
橋口と呼ばれたトレンチコートの女はムチを振り出した。
「誰か呼んできて…… ってのは無理そうね」
橋口は、林から出てきた怪しげな影に、ぐるり周囲を囲まれたことに気が付いた。
初音と背中を合わせると、近づいてくる霊体を牽制した。
パチン、とムチがうなると、怪しげな影は弾き飛ばされる。
初音も指先から霊弾を放つ。
「疲れてるだろうけど、頑張って」
「はいっ!」
俺はベッドに両腕をついていた。
両腕の間には、目を見開いた冴島さんの顔が見えた。
うっすら頬が赤く紅潮しているようだった。
体は…… 体は完全に冴島さんを押しつぶすように圧し掛かっていた。
なんでこんなことになっている? 俺は必死に思い出そうとしたが、様々な映像が時系列と因果関係が理解できずに蘇ってきて、何が何だかわからなかった。
何か言いかけているように見える冴島さんに、俺は言った。
「えっと、俺…… 何してたんですか?」
冴島さんはゆっくりと目を閉じて、息を吐いた。
そして目を開けると、俺を突き飛ばした。
「気が付いたんなら、さっさとどきなさいよ。セクハラで減給するわよ」
俺は突き飛ばされるままごろり、と横に転がった。肌にシーツが絡まる。
「?」
俺は奇妙に思ってシーツを蹴飛ばした。
「きゃぁ!」
冴島さんの視線が、意識的に俺の腹の下の方に向いているような気がした。
変に思って自分の体を見ると、何も着ていなかった。さらに言えば…… セクハラになるから記述できない……
俺は慌てて下半身を手で隠した。
「バカバカバカ!」
俺は尻を叩かれると、シーツを引き込んで丸くなった。
「冴島さん、何があったんですか?」
「思い出せないなら忘れなさい。命令はもう一度入れてるから。とりあえず結果としては失敗よ。失敗」
冴島さんがベッドから出ると、俺に背中を向けて服の乱れを整えている。
一体何があったのだろう……
「さっきのことを聞こうとしたら、セクハラ減給ね」
「えっ」
もう聞くな、ということのようだ。
「いいわね」
冴島さんが扉の封印を剥がして、扉の取っ手をつかみかける。
「は、はい」
俺は従うしかなかった。
「麗子、もしかしてここにいる?」
言うなり、ガチャリ、と外から橋口さんが入ってきた。
同時に冴島さんは扉から飛び退いた。
飛び込んできた橋口さんと、俺の目が合って、こっちに向かってきた。
「影山、なんでベッドにいるの?」
「あっ、えっと…… ここ俺の部屋ですし……」
橋口さんが近づいてくると、後から蘆屋さんも入ってくる。
「冴島さんいました?」
蘆屋さんも、俺に気付いてこっちに近寄ってくる。
「あっ、影山、そこで寝ちゃダメってことになってるでしょ!」
冴島さんが、そろそろと部屋を出ていくのが見える。
「何かシーツで隠してるんだケド」
橋口さんがそう言って、俺の手からシーツの端を奪い取ると、引っ張った。
「あっ!」
俺は後ろに手をついて体を起こした。
『……』
一瞬、二人が固まったように動かなかった。視線は俺の腹の下の方に向けられていた。
「カゲヤマ裸なんだケド」
「何シーツにつけちゃったのよ!」
二人は叫びながら後ろを向いた。
「ごめんなさい」
俺はそう言って、手で股間を隠しながらベッドを出た。
テーブルか床か、どこかに服が落ちていないかと探すが、服の形をしたものは落ちていなかった。代わりに、引きちぎられた端切れがあちこちに散乱していた。端切れの柄から、俺が来ていた服が破け散ったのだろう、と思った。
とりあえず、自分の棚から下着を取り出して履いた。
「もういい?」
「また裸だったら、今度はムチ飛ばすケド」
二人は背を向けたままそういう。
「とりあえず大丈夫です」
二人が、パッと振り返る。
「パンツしか履いてないじゃない!」
「マッパよりはいいでしょう!」




