(98)
俺は不意をつかれて、そのままベッドに倒れ込んでしまう。
ニヤリ、と笑った上戸さんは服を順番に脱いでいった。
「あれ?」
俺もいつの間にか脱がされている。
裸の男女がベッドの上で重なりあっていることになる。
何か、気持ちが高ぶっていて、勝手に体が動いている。
「ん?」
よく見ると、俺の上にいる女性が、三島さんに代わっていた。
「えっ、どうしたんですか?」
俺の行動は止まらなかった。
感情の高ぶりを治めるために、どうしても人の温もりが必要だった。
俺は気持ちよくなって寝ていた。
ふと、気付くと、横には加藤さんが寝ていた。びっくりして上体を起こすと、俺の足元には蘆屋さん、加藤さんの反対側には秘書の中島さんが寝ている。
「どういうことだ?」
床には、橋口さんとマリア、赤井さんが横たわっていた。
そして全員裸だった。
「……」
音もなく扉が開き、冴島さんが入ってきた。
俺を見て微笑み、おもむろに着ている服を脱いでいく。
俺は気付いた。
「おかしいですよね?」
何か間違えがあって、こんな状態に至ったとしても、最後の最後、冴島さんが服を脱ぐわけがなかった。
「冴島さん、ひっぱたいてください」
服も、下着も脱ぎ終えた冴島さんは何を言われいているかが分からないかのように首を傾げた。
「お願いです、ひっぱたいてください」
にっこりと微笑みながら、モデルのように腰をひねりながらこちらに向かって歩いてくる。
形の良い胸が静かに揺れる。
パチン、と頬を叩かれた。
「痛っ!」
思わず目を閉じていた。
頬をさすりながら、目を開くと、そこに冴島さんの姿があった。
「あれ? 夢じゃない??」
「叩け叩けって言うから叩いてみれば…… 影山くん?」
「服も着てる」
冴島さんの顔が、パッと切り替わる。
「セクハラする度に時給を百円ずつ落としてあげましょうか?」
「冗談です冗談」
本当に冗談ではないかった。ただでさえ時給は安いのに、これ以上下げられたら生活が……
いや、つまり、さっきの裸の集団は夢だったのだ。
知っている女性が全部出てきて、裸で俺の回りにやってくる。それは『ハーレム』というやつだ。ずっと調子がおかしかった加藤さんを除いては、そんなことになるわけがない。
「今の短い間に、何があったの? はっきり言ってみて」
「冴島さんに話せる内容じゃないです」
「むせいむ、じゃないでしょうね」
「なんですかそれ?」
「意味わからないふりするなら、セクハラカウントするわよ」
夢精?む? 夢精の夢で夢精夢と言いたいのだろうか。確かに裸の女性がいっぱい出てくる夢を見ていた…… だが、そんなことを声にだして確認すればセクハラカウントされ、最初のと合わせて一気に二回分、時給が減額されてしまうだろう。
「影山くんの欲求不満が見せていた夢ならいんだけど……」
「どういう意味ですか」
「ドラキュラ・ヴァンパイア病のせいで、目を開いたまま夢を見ていたのだとしたら」
「えっ、ちょっと待ってください。今俺目を開けていたんですか?」
「ばっちり目を開けてたわ。てっきり起きているんだと」
つまり考え事をしながら、目を閉じずに意識だけが夢を見ていた、ということか。
抗ウイルス薬を打った時の幻覚といい、最近の俺は、まともな状態じゃない。
「前にかけた、命令を外してみようか」
「なんの命令のことですか?」
「『人の血を吸わない』ってやつのこと。それを外して、影山くんが突然女性の血を吸いそうになるなら、病状は少なくとも良くなってないということよね」
「……けど、本当に吸ってしまったら? 冴島さんもドラキュラ・ヴァンパイアになってしまうんですよ」
「命令だってかけ続けておくわけにもいかないし、今までのように影山くんの力で『はずして』しまうこともあるわけだから、いつだってリスクは一緒なんだけどね」
とは言われても、俺からそれを決断することは出来なかった。
「エッチな夢とドラキュラ・ヴァンパイア病って関係あるんですか?」
「ほぼほぼ関係ないと思うけどね。エッチになっているのは、単に影山くんの性質のせいよ」
「怒りますよ!」
俺が拳を軽く上げると、冴島さんは笑いながら頭を押さえた。
「ごめんごめん。けど、内容の方じゃなくて、幻影や白昼夢のようなものをみることは、ドラキュラ・ヴァンパイア病と関係してそうね」
それは今までの現象をうまく説明できる。
イオン博士は、抗ウイルス薬を使った直後、やられまいとするウイルスが、症状を強める可能性があると言った。
だとすれば、自分だけ加速したような感覚や白昼夢は、ドラキュラ・ヴァンパイア病の症状の一つなのだろう。
「で、どう? 試してみる?」
二メートルを超える男が、教会に入って行った。
男は教会の中で神に祈った。
「神よ。エリー、ピート、二人に安らかな眠りを与えたまえ」
「どうなされました」
祈る大男の前にやってきた神父はそう言った。
真っ黒な服を着ていた神父は、祈る男に比較してしまうと小さかったが、この国の標準的な男性よりがっしりした体格だった。
「……」
「私は留学経験がありましてその時に言語を覚えました」
「神よ。私の罪をお許しください」
神父は、ひざまずいてなお大きな男の前でそう言った。
「神はその深い慈悲の心をもって、あなたの罪をゆるしましょう。罪を告白してください」
「トーマス・ホーガンは、同志ピート・ウイリアムスを本人に頼まれたとは言え、焼き殺してしまいました」
「なっ……」
「ピート・ウイリアムスはカゲヤマの呪いにかかり、液化し、永劫の闇をさまようところでありました。永劫の闇に閉じ込められると察した同志ピートは、私に液化した体が地上を永久にさまよわないよう、焼き殺すように言いました」
「それは本当なのですか」
神父は震えているように見えた。
その前にひざまずいている岩の塊のような男は、首を縦に動かした。
「人の形を失い、永劫の闇をさまようことなる同志を救ったとして、神はあなたの罪をゆるしましょう。祈るのです」
大男が胸の前で手を握りしめる。
「神よ。お許しください」
「父と子と聖霊の御名によって、あなたの罪をゆるします」
「アーメン」
「そして、カゲヤマに打ち勝つ力をお与えください」
「信仰の力により、神はかならずやあなたに力をあたえてくれるでしょう」
「アーメン」
大男が目を開けて、立ち上がる。
すると神父は体の大きさと、醸し出すオーラに気おされたように後ずさりする。
大男は何もいわず、踵を返すと、あっという間に教会の外へ消え去っていった。




