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「誰がそんなこと言ってるんです?」
「あたしはそう聞いた。だから上戸さんはピートがこの屋敷の力を手に入れることを手伝うんだって。自分も願いをかなえたいから、って」
そう聞いて、俺はピートが協力させようとしてついた嘘だろう、と思った。ドラゴン〇―ルのような能力がこの屋敷の力にあるわけがない。
「……じゃ、三島さん。上戸さんがかなえたい願いって聞いていませんか?」
「知って……」
三島さんがパッと後ろを振り返る。
俺もそれに遅れて、振り返る。そこには誰もない。
「あまり言わないで、ね」
「約束します」
「『大災害』で亡くした恋人を……」
三島さんはそこで言いやめた。
うつむいた顔は、涙をためていた。三島さんも恋人を、亡くしていたのだ。
「わかりましたから、それ以上言わなくても」
三島さんは、トン、と俺の胸を叩いた。
「あなたの……」
そして逆の手で、トン、叩く。泣きながら。
そう、俺の、この屋敷のせいで、ピート、エリー、トーマス、エリックの四人がやってきた。『人形使い』であるエリーに操られ、三島さんの恋人はビルの屋上から、俺を狙う爆弾として飛び降り、死んだのだった。
俺の胸をたたき続ける三島さんを止める権利はなかった。
亡くなった最愛の人をよみがえらせる。二度と会えない人を、ここに蓄えられた強大な霊力を使って復活させるということだ。それが上戸さんの願い。
『さやか』を反魂の術を使って蘇らせようとしていたのと同じだ。もしかすると、ここに集められた霊力は、ただ単に願いを叶える、というよりは死んだ人をよみがえらせるためにあるのかもしれない。これは単なる推測にすぎないが……
あたりが暗くなると、庭の明かりがついた。
俺と三島さんは会話がないまま屋敷に戻った。
三島さんは何も言わずに、自分の部屋へ入っていった。
俺も一度自分の部屋に戻ることにした。
部屋に戻ると、蘆屋さんがいなかった。
俺はノートPCを開いて、マリアが送ってくれた画像で、上戸さんの行動を確認した。
するすると近づいてくると、左右をみて、ホールに誰もいないことを確認する。映像は、マリアの視線からの映像だったが、上戸さんにとって、マリアのことは完全に眼中にないようだった。
「なんで、マリアを無視しているんだろう」
映像は続いた。
パッと上戸さんの体が黒く、粒子化したと思うと、ハエの大群が動くようにバラバラと粒子が動き始める。
粒子は二階へ続く階段の方へ進む。
一匹、また一匹と階段の奥へ、つまりマリアの視界の外へ消えていく。
「えっ、まさか二階に移動されてしまったんじゃないのか……」
俺は思わずそう口にしていた。
それほど多くの粒子が奥へと移動していた。
……と、映像が突然乱れた。
乱れたと思うと、真っ黒な人影が映像の中心に表れ、階段の下にはじき出された。
黒い人影にさらに黒い粒子がまとわりつくと、サッと色がついて、元の上戸さんの姿に戻った。
「どういうことだろう……」
二階に侵入した段階で、黒い粒子の集まりから、人の体をした『実体』に戻れていたのだろうか。
上戸さんは何か、階段の奥に向かって言っていた。
「ダメだった、ということなのだろうか」
そう言ったものの、本当にその判断が正しいかはわからなかった。何しろ、マリアのカメラが上戸さんの行方を追っていない。カメラが追ったとしても二階で実体化したかどうかまでは分からない。
しかし、まだ屋敷に変わった様子はないし、上戸さんもここを離れていない。つまり何も変わっていない。だから上戸さんの試みは失敗した、と推測するのが正しいだろう。
「……」
それにしても、上戸さんは初めからマリアが監視できていないのを知っているかのように大胆に行動していた。
マリアには屋敷に何かあるとき対応の為にホールにいてもらっているのだ。人間には出来ない、二十四時間三百六十五日の監視を、だ。
「マリアにも眠りがあるのかも」
アンドロイドであるマリアも人の眠りのように意識が落ちる瞬間があるように思えて仕方なかった。意識が寝ているが、体が映像を記録しているのだ。そして、意識が目覚めた時に、異常を検出した。そう考えれば辻褄はあう。
俺は、イオン博士にその仮定を確かめる方法を訊ねるメールを書き始めた。
ふと、気付くと、外は暗くなっていた。
メールを書き終えると、俺はそのまま『大災害』のキーワードで検索をかけていた。
『大災害』体中に電気が走るようなキーワードだった。この屋敷のエネルギーが過度に集中するか、屋敷が崩壊して解放されれば、大災害が起きる、と以前、マリアを通じてイオン博士が言っていた。
その時は、そんなものだ、と思っていたが、『大災害』がどんなことだったか、調べてみたことはなかった。
キーワードを入れて調べてみると、『大災害』ではものすごい数の人間が死んでいる。この国で一年の間で交通事故で亡くなる人の約十倍もの人数が、たった一日の出来事の影響で失われている。十年間の交通事故が一度に起きたと考えると、ものすごいエネルギーに思える。
『大災害』が引き金となって、国の主要発電設備が故障し、二次災害、三次災害を巻き起こしていた。
この『大災害』そのものは、地震のように説明されていた。地面が揺れ、建物が崩れ、津波がやってくる。
建物の下敷きになり、火災に巻き込まれ、波にのまれて何人もの命がなくなった。
たくさんの映像も残っている。
もし、これが霊的な力のバランスが崩れたことで起こったのだとしたら、地面の揺れとかではなく、霊そのものが直接的に人間を殺したのかもしれない。霊弾が建物を破壊し、火災を引き起こし、津波を呼び寄せた。もし、そうだとしたら……
俺は『霊力』と『大災害』のキーワードで検索を行った。
「えっ?」
俺は検索結果に目を疑った。
「あっ、どこに行ってたのよ!」
扉が開くと同時に、蘆屋さんの声が聞こえた。
俺は目の前のノートPCの画面を見つめていて、振り返らなかった。
「なに、無視するの?」
近づいてくる気配に、俺はこの画面を開けたままでいいか考える。とりあえず……
ノートPCを閉じようとしていた俺の手は、蘆屋さんの手によって止められた。
「何かまずいものでも見てるの?」
「……」
俺はなおも画面を閉じられずにいた。
この結果の解釈は……
「なんで検索結果ゼロ件画面をそんなに珍しそうにみてるのよ」
「検索結果がゼロってこと、ある?」




