(95)
「何よ。私の人権は無視するの?」
布団から頭の先から目鼻までをのぞかせ、そう言った。
「いきなり部屋に入ってくるなんて」
「今は何をしていた?」
「何をしててもいいでしょう? ここにいるのは治療の為のはずよ」
「二階に侵入しようとしたな」
「ふん」
上戸さんは少しだけ覗かせていた顔を反対に向けた。
俺は部屋の中の椅子に座る。
「まだそれだけドラキュラ・ヴァンパイアの力が残っているっていうことか」
「……」
「二階に存在する霊的エネルギーを、何に利用するつもりだ」
「……」
「なんで黙ってる?」
俺は立ち上がって、ベッドの方へ向かう。
「ほら、ちゃんと顔を見せろ」
上戸さんの手をどかして、ふとんを引っ張った。
勢いあまって、ふとんはベッドのしたまで飛んでしまう。
「いやっ!」
剥いだふとんの下にあった上戸さんの体が晒された。
上は何もつけておらず、下も下着が一枚だけだった。胸は両肘で肝心なところは隠されていた。
「す、すみません」
「早くふとんとってよ。後、こっち見ないで」
「本当にすみません」
俺は慌てて飛ばしたふとんをつかみ、天井を見上げながら上戸さんの体にかける。
「いい、ですか?」
「いいわよ」
俺は視線を戻した。
「……」
「あの、だから…… なんで二階に」
「……」
「今のことは謝ります。だから……」
上戸さんは頭の先から目鼻だけを出して、俺を見ていたが、目が少し笑ったように見えた。が、次の瞬間、キッと怒ったようにつり上がった。
「あんたなんかに言う訳ないでしょ。さっさと出ていきなさい」
俺はしばらく上戸さんの目を見ていたが、目つきは厳しいままだった。
「早く、出ていけ」
俺は何も言わずに部屋を出た。
どうして上戸さんは強大な霊力を手に入れようとするのだろう。
警察官としての能力の足しにしたいのだろうか。それとも彼女の仕事とは別の何か理由があるのだろうか。
俺は上戸さんの部屋の扉を見つめながら考えていた。
「!」
その時、上戸さんの隣の部屋の扉が開いた。
「……」
三島さんが近づいてきた。
「何してるの? 上戸さんに声掛けづらいなら、あたしが代わりに呼んであげようか?」
「いや、そういうことじゃなくて」
「じゃ、なによ。こんなところにじっと立ってて。気持ち悪いじゃない」
俺はいいことを思いついた。
「三島さん、今いいですか?」
「えっ、すぐはいや。ちょっと後でいいなら部屋に行くけど」
「……じゃ、後で部屋に来てください。聞きたいことがあるんです」
俺は三島さんと別れて部屋に戻った。
部屋には蘆屋さんがいて、ノートパソコンに向かっていた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
俺はその様子を立ったまま見ていた。
三島さんとの話を、蘆屋さんに聞かれてもいいものかを考えていた。
蘆屋さんに聞かれたら、上戸さんが二階に入ろうと画策していることが、蘆屋さんの師匠である橋口さんに話が入るだろう。橋口さんに知られてしまえば、冴島さんにも知られてしまう。今の段階で話を大きくしたくない。
「……なによ。あたしの顔になんかついてる?」
「いえ、何も」
「意味ありげにじっと見てたじゃない。何か隠し事してるでしょ?」
「何でもないです」
「それが怪しいのよ」
蘆屋さんがノートPCの作業をやめて近づいてきた。
「……すみません。けど、まだ話したくないんです」
「馬鹿ッ!」
蘆屋さんは手を大きく振りかぶり、俺を叩こうとした。
あまりに振りが大きいから、俺はとっさに避けてしまった。
「あっ……」
逆に蘆屋さんは避けない、と思い込んでいたらしく、大きくバランスを崩して倒れかけてしまった。
俺は蘆屋さんを助けようと腕をとるが、引っ張りあいに負けてしまう。
ドン、と大きな音がした。
蘆屋さんが床に後頭部をぶつける前に、俺が腕をいれていた。そして、二人の顔は今までになかったほど近づいていた。
「あたま、痛くなかったですか」
「え、ええ……」
そうは言っていたが、蘆屋さんの瞳に光るものが見える。それなりに痛かったのではないか、と俺は思った。
「ほんとうに?」
蘆屋さんは小さくうなずいた。うなずく動きで、唇が触れそうだった。
「……」
蘆屋さんはまぶたを閉じて、俺の体を引き寄せてきた。
まさか、キスして、という意味だろうか。
「ねぇ、影山くん、いるなら開けるわよ?」
待って、という間もなく扉が開いていた。
三島さんが俺たちのことを見て、目を丸くしていた。
「話があるって、これのこと?」
「いや、違う、誤解だ」
そう言って、俺は慌てて立ち上がる。
ゴツ、と床にぶつかる音がする。
扉を閉めて去っていく三島さんを追いかける。
「待って!」
俺は廊下を少し玄関の方に戻ったところで三島さんを捕まえる。
どのみち部屋では話が出来なかったのだ。と思い、外に出ることを持ち掛ける。
屋敷の外に出て、芝生の敷かれた小さなスペースにおいてある長椅子を指さす。
「あそこに座って話しましょう」
「こんどはあたしを口説く気?」
「……だから、さっき見たのは事故現場です。誤解です」
俺は立ち止まってそう言うが、三島さんは一人で椅子の方に行ってしまう。
「そもそも蘆屋さんと同部屋な時点でそういうことじゃないかとは思っていたし、別に蘆屋さんとあんたがそういう関係であっても、あたしは一つも困らないんだけどね」
「誤解ですって。ちょっと引っ張られて倒れただけです」
「はいはい。で。話って」
「誤解があるまま話すのは気が引けますけど……」
三島さんが立ち上がろうとする。俺は慌てて肩を抑えて座らせる。
「話と言うのは、上戸さんのことです」
「上戸さんのこと?」
「そうです。上戸さんのことを教えて欲しいんです」
三島さんは黙ってしまった。
「知ってる限りでいいんです」
俺は三島さんの肩を揺すった。
「お願いします」
「……何が聞きたいの」
「三島さんが強い霊力を必要としている理由です」
三島さんはため息をついた。
「なんだそんなこと?」
「二階には強い霊力がある。なぜ上戸さんがそれを欲しがるのか」
「強い霊力? が欲しいのかは、よくわからないな。霊力が欲しいんじゃなくて、この屋敷の『力』が欲しいんじゃないの?」
俺は三島さんが何をいっているのかわからなかったが、同調した。
「そうです。この屋敷の力を欲しがっていますよね。上戸さん。何でですか?」
三島さんは軽く笑った。
「なんでって、そりゃ、誰だって欲しいんじゃない。願い事がなんでもかなうって知れば」
「はぁ?」
屋敷の『力』で願いごとがかなうだって? 俺はあまりに突飛な答えに驚いた。




