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俺と除霊とブラックバイト2  作者: ゆずさくら


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93/103

(93)

 腕を抑えたまま立ち上がると、まるで地面を踏みしめていないような気分になる。

「えっ?」

 慌てて足元を確認するが、しっかりと床に足がついている。

「ど」

 雪を頂いた山々が遠くに、白く、青く見える。俺は不安定ながら空を飛んでいる。

「う」

 何が冴島さんの様子が止まって見える。屋敷の中の風景に混じって、さっきの山々、そしてその一つの山に城が建っているのに気づく。風景の動き方から、俺はどうやらそこに向かっているようだ。

「し」

 綺麗な冴島さんの声が低い声になり、ものすごく間延びして聞こえる。もう城は目の前だった。山の上にある、絵に描いたような白の形だった。

「た」

 城につくと、中から側近たちが近寄ってくる。その一人一人に、短い指示を出すと、側近たちは自らの持ち場へ戻っていく。俺は城の中を知り尽くしているかのように、きびきびと目的の部屋に向かう。

「の」

 止まっている冴島さんの姿に重なって、女王が出てくる。その不安げな表情。俺は何か言葉をかけて、不安を取り除こうとしている。

「か」

 すべてが終わって、俺は一人で部屋に戻る。天蓋付きのベッドが中央にあり、どうやらここは寝室のようだった。部屋の端には壁に鏡がついていて、俺はおもむろにそこに近づく。

「げ」

 鏡に映る自分の姿に、俺は恐怖した。青白い肌。充血した瞳。真っ赤な唇。そして特徴的な犬歯。俺のなかの、古典的なドラキュラの姿だったのだ。

「や」

 俺は自身の姿を指さし、叫んだ。しかし、誰にも届かない。

「まくん。大丈夫?」

 と、急にいままで見えていたものがすべて消え、屋敷の部屋の風景だけが見えていた。

 体が軽いような、浮いている感覚もなくなった。

「ちょっと、聞こえてる? 大丈夫なの?」

「……え、ええ」

 俺は思わず目をこすった。

 もうあの風景は見えない。

「とても大丈夫な人の返事じゃないけど」

「ちょっと幻覚が見えたのかも」

「……イオン博士に連絡するから、それもう少し詳しく教えて」

 スマフォを持った冴島さんが近づいてきた。

 俺は今みた光景を丁寧に話した。

 その間に三島さんへの投与が終わった。

 すかさず冴島さんがたずねる。

「どお、三島さん。何か見える?」

「……いいえ」

 三島さんは首を振って、そう言った。

「最後、上戸さん」

 冴島さんが何か手で合図したようで、橋口さんが寄ってくる。橋口さんはコートの中でムチを握っている。

 上戸さんが薬の投与を拒否するか、妨害をするとか、そういうことを考えているようだった。

「(影山くん。薬を入れた後で悪いんだけど、上戸さんが何かしないように上戸さんの後ろに立って)」

 小さい声で、冴島さんが指示した。

 俺は上戸さんの背後に近寄った。さすがに様子が違うのを感じたのか、俺の方を振り返って、言った。

「そんなに警戒して、何かするのを期待してるのかしら?」

 とっさに冴島さんが赤井さんの前に入った。

 上戸さんは冴島さんを見てため息をつく。

「はぁ…… 大丈夫。何もしないから。もし不安なら、影山くんに体を抑えてもらってもいいわ」

「じゃあ、遠慮なくそうさせていただくわ。影山くん。何かされないように抑えて」

「はい」

 俺は上戸さんの注射をしない腕をキメるように後ろに引っ張り、背中手で抑え込んだ。上戸さんは『痛い』とも何も声を上げず、気丈なところをみせた。

 赤井さんがスッと近寄ってきて素早く一方の手に注射した。

「終わりです」

「あっ……」

 上戸さんの背中をみているところに、再び別の風景が重なって見え始めた。

 すべての周りの動きがスローになっている。

『なに、これ』

 見ると、上戸さんが立ち上がって俺の方を振り返ってそう訊ねていた。

『これ、なんの景色?』

 冴島さんや、赤井さんは止まっているようにじっとしている。聞こえているなら、何か反応しているはずだ。

『なんで俺に聞く?』

『だって、私が立ち上がって振り返ったのを目で追ったのは君だけだよ?』

 さっき同じような状態になったのは、薬を入れられているせいだと思っていた。上戸さんは薬を入れられた直後だが、俺はそうではない。

『上戸さんにはどんなものが見えるの?』

『天蓋付きのベッドと、青白い顔の男』

 俺は周囲を見回す。確かに天蓋付きの豪華なベッドが見えた。さっきの幻覚の風景と同じだ。

『青白い顔の男って、それ、俺?』

『えっ…… あっ、確かに、重なって見えるけど』

 じっと上戸さんの顔をを見ていると、俺にも上戸さんの顔に誰かが重なって見えた。

『私は、私はどう見えるの?』

『じょ……』

 俺が話しかけた時、上戸さんの動きが止まった。

『上戸さん?』

 呼びかけても答えが来ない。

 さっきまで上戸さんもいたのに、今は俺一人だけが速く動いているかのようだ。

 上戸さんの体から、抜け出たように女王が前に出てくる。

『どうしても(いくさ)になるのですか?』

 俺は自らの顔を手で覆い、気持ちをまとめ、手を下ろした。

「影山くん?」

「はい?」

 そこに女王はいなかった。すべては屋敷そのものだった。鏡を付けた壁も、天蓋付きのベッドもない。

 上戸さんが転んだように床に座り込んでしまっている。

「また幻覚のようなものをみました。やっぱりこの薬は……」

 冴島さんが首を振る。

「いまさら投与を止めることはできないわ。状況はイオン・ドラキュラに伝える」

「それとも……」

「なに?」

「この屋敷の霊力、なんでしょうか」

「影山くんにだけ効果が表れるってこと?

「いま、私もみましたよ」

 上戸さんが立ち上がりながら、そう言った。

「古風で豪華な部屋の風景でした」

「同じ風景を見ている」

「……」

 冴島さんは何も言わなかったが、俺を手招きして呼び寄せる。

 上戸さんに口元が見られないような位置に回り込む。

「(さっき、周りがゆっくり動き出したって言ってたわよね?)」

 俺は目を見てうなずいた。

「(今後、上戸さんに薬を投与するときはさっきと同じようにするわよ。あなたが抑えるの)」

「(はい)」

 俺は納得はしたが疑問は残った。

 振り返ろうとする冴島さんを引っ張る。

「(俺自体は薬を入れられた時とさっきと、二回発生しています)」

「(そっか…… 上戸さんに二回目があるとまずいわね。誰も抑えなれない)」

「(あ、あと、三島さんに起こらないとも言えませんけど)」

「(そうね)」

 冴島さんは上戸さんの方を振り返って言う。

「影山くんは上戸さんと三島さんを一か所で寝かして監視して」

 俺は返事をして、二人を別室に連れていくことにした。

 冴島さんはホールに残って橋口さんと話を始めた。

「何、どういうことよ」

「なんてことはないですよ。少し薬の効果を観察するだけです」

「……まあ、さっきのは確かに不思議な感覚だったわ。ドラキュラ・ヴァンパイアの力を使っている時とはまた、違った感覚だった」

 ドラキュラ・ヴァンパイアの力を使った感覚。俺にも牙があり、どうやら感染したようなのだが、力を使う感覚はない。

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