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えっ、と俺は思った。手狭になるのは、マリアと加藤さんに加えて三島さん、上戸さんが加わる蘆屋さんの部屋であって、もともと二人で住んでいる冴島さんと玲香さんまでここに引っ越す必要はないはずだ。ましてや全然別のところに住んでいる橋口さんまでここにくる必要は……
「あと、あのさ、影山くん、蘆屋さん、二人は同じ部屋でいいの? こっちの部屋、空いてるよ?」
冴島さんが俺の方を向いていった。俺は答える。
「いいです」
蘆屋さんは率直に質問をぶつける。
「あの、橋口さんとか冴島さん、中島さんがこちらに引っ越すのは何故なんですか?」
「蘆屋さんと影山くんは学生。ということは、誰かが三島さん、上戸さんの監視をしなければならないでしょ」
「冴島さんと橋口さんは仕事があるじゃないですか」
「仕事はするわよ。だから、三島さんと上戸さんの近くに住んでいる必要があるの」
三島さんは俺たちと同じ学校の学生。上戸さんは警察官なのだ。
「かんなと私、玲香で交代でみてなきゃね。当然、あなた達もよ」
「はい」
監視される側の三島さんと上戸さんは複雑な表情を浮かべた。
「……」
だが、三島さんはともかく、上戸さんは力にたいしての(欲望?)が強すぎる。単純に治療をするだけではなく、監視が必要だ、という判断は正しいと思われる。
「じゃ、これで決まりね。各自引っ越しを始めて」
「引っ越ししろってったって」
上戸さんが冴島さんに直接話に行く。
「この屋敷の外から移ってこなきゃならないんだけどさ」
「上戸さんの住所は把握しているから、うちの中島を行かせて引っ越しするけどそれでいいかしら」
「私は外に出れない、ってこと?」
上戸さんは両手を開いて、そう訴える。
「まあ、そういうことになるわね。何しろ、ドラキュラ・ヴァンパイア病をまき散らされたら大変なことになるから」
「じゃあ、あたしも」
「そうね。三島さんも、以下同文って感じ」
「……」
上戸さんは、両腕を頭の後ろに回して言う。
「ドラキュラ・ヴァンパイア病はまき散らさないかもしれないけど、この屋敷の力を手に入れるには絶好の位置だってことになるけどね」
「全く歯が立たなかったのに?」
「……」
「はったりじゃないわよ。影山くんの後見人である神武さんがこの家の様子を教えてくれた。あなた、二階に上がろうとしたようね」
「ええ。バレているなら隠してもしかたないけど、確かに上がろうとした。上がろうとして、拒絶された」
上戸さんが、ちらり、と階段の方を見やる。
「けど、諦めたわけじゃないわ」
「ただここに住まわせるんじゃないの。あなた達の治療をするのよ。治療をすれば、今よりどんどんドラキュラ・ヴァンパイアの力は弱くなる。今できないことが、この後、出来るようにかしら」
上戸さんがムッとした顔をして黙ってしまう。
俺は少し前に出る。
「冴島さん。俺たち、ここにいて大丈夫なんでしょうか?」
「突然何を言い出すの?」
「霊力のバランスが…… 高い霊力が偏在するとまずいんじゃ」
「大丈夫。影山くん、あなた自分の霊力がそんなに強いと思ってるの?」
「いえ、冴島さん、橋口さんがここに住んだら」
「大丈夫。この屋敷の力に比べれば比較にならないほど小さいから」
「けど」
冴島さんは人差し指を立てて言う。
「いい、ピート、エリー、トーマス、エリックの四人組の狙いは、この屋敷なのよ。この屋敷を守るのに、近所とは言え、外の家よりこの中に住んでいた方が守りやすい」
「……」
「よろしい?」
「はい」
俺は蘆屋さんについて、部屋の中のものをまとめて運びいれる作業を始めた。
車がつかえないので、大きなバッグに入れて通路を行き来し、大きな家具は二人で抱えて運んだ。
大方運び終えたころ、俺と蘆屋さん、加藤さんで近所のコンビニで休憩した。バイトしていたコンビニだ。
「たまにはバイト入ってくれよ」
俺は苦笑いすると、そのまま商品を受け取って、イートインコーナーに移動した。
椅子に座ると、ふう、と息を吐く。
「いきなりの引っ越しだけど、こういうのもいいわね」
「いいですか? 俺は慌ただしすぎて、ちょっと嫌です」
横で話を聞いていた加藤さんが、上の方を見つめながら言った。
「蘆屋さん、橋口さんたちに電話できませんか?」
「出来るけど、なんで?」
「ほら、もうこんな時間」
加藤さんがコンビニの時計を指さした。
もう昼だった。食事をする必要がありそうだった。
「ああ、電話する。カゲヤマは誰に何を買うのかメモして」
「はい」
蘆屋さんが橋口さんに電話して、昼食に何が必要かを聞き出した。
俺は言われるままメモした。
もう一度コンビニの中を回って、食べ物と飲み物を山ほど買うとそれをもって屋敷に戻った。
引っ越しの最後の荷物が部屋に残っていたが、それは午後にすることにした。
全員を階段のあるホールに集め、食べ物と飲み物を配って回った。
冴島さんに食事を渡す時、こう言われた。
「こういう具体的な生活についても、考えとかなきゃね……」
「ああ、三島さんと上戸さんは外に出れませんからね。作るか、買ってくるかしないと」
「最低でも電子レンジぐらいは必要ね」
配り終わると、橋口さんが大声で言った。
「いただきます」
皆がつられたように『いただきます』と言った。
こんなに大勢で食事をするのは、小学校以来だった。
その日の夕方、再び全員が階段のあるホールに集められた。
端にテーブルと椅子が二つ置いてあり、一方には赤井さんが座っていた。
「抗ウイルス剤の投与を始めます。まずは影山くんなんだけど、その前に」
冴島さんの後ろから、中島さんがトレイに何かを並べてこちらに向かってきた。
「体温と血圧・心拍数を測ります。後、現状何か具合が悪いなら行ってください」
中島さんが俺を含めた三人に体温計を配り、一人ひとり血圧・心拍数を測って回った。
それらが終わると、中島さんが、と告げる。
「全員体温、血圧・脈拍には問題ありません」
冴島さんが言う。
「じゃあ、影山くんから始めましょうか」
俺の前にいた三島さんと上戸さんが振り返り、道を開けた。
「皆さんに投与して、なにか問題があれば、逐次博士にも伝えます」
「博士って?」
「イオン・ドラキュラよ。さあ、早くこっちにきて」
俺は赤井さんの前に座る。
「えっと、右腕でも左腕でもいいわ。腕をだして」
袖をめくって腕を出すと、看護師である赤井さんが手早く消毒用の脱脂綿で拭き、注射を準備する。
赤井さんが確認するかのように、俺を見るので、首を縦に振った。
「いっ」
いや、痛くはなかったのだが、思い切りよく刺してくるのに少々驚いてしまった。
すーっと薬液が押し込まれると、針を抜いてそこを脱脂綿で抑える。
「ここ抑えてください」
俺が腕の脱脂綿を抑えると、赤井さんが手早くテープでそれをとめる。
「じゃあ、次、三島さん」
別に、何も起こらない。
普通の薬の注射と変わらない。
俺はそう思っていた。




