(90)
光の筒のなかで、輝きながらそれは俺の目の高さで止まった。
「鍵?」
鍵の持ち手の部分に、きれいな装飾がされていた。
蔦かなにか、蔓状の植物を模したもののようだった。
鍵が浮いているさまをみて、不思議に思わなくなっている自分に気付き、笑ってしまった。
「受け取れ、という意味なのか?」
俺は、そっと指を伸ばした。指はその鍵をすり抜けた。
「えっ?」
あたりまえだ。物が浮くわけないか…… こんなもの、ホログラムか、幻影だ。
そう思って何度もその鍵に触れようとしていると、スッと鍵が落ちた。
落ちたと思うと、シャンデリアから降ろされていた光が消えた。
鍵は静かに絨毯に落下した。
俺はしばらく鍵をみつめながら、それに手を伸ばした。
「あっ……」
完全な実体として『鍵』の手ごたえがあった。俺はそれを拾い上げ、もう一度じっくりと見つめた。
持ち手の部分の細工に、文字が書かれているようだった。
「ケイ、エー、なんだろう、イー、なんだろう、エー、エム、エー……」
KA●E●AMA、おそらく、KAGEYAMAと書いてあるのだろう。
「この屋敷の鍵なのか?」
誰に言うわけでもなく俺はそうつぶやくと、バタンと音がした。
「使ってみろ、という訳か」
俺は閉まった扉開け、鍵を持ったまま屋敷の外に出た。
触れてもいない扉が勝手に閉まり、鍵もかかっていた。
俺は持っていた鍵を、扉の鍵穴に差し込む。
「ぴったりだ」
がたつきがないため、かえって入れにくいほどだった。
入れた鍵を回すと、鍵が輝いた。
「うわっ」
まばゆい光で何も見えなくなった。そのまま鍵を回し続けると『カチャリ』と音がして、光が消えた。
鍵を抜いて、扉が開くのを確認すると、俺は扉を閉めた。
「カゲヤマ、みんなもうあっちで集まってるんだケド」
俺は屋敷を見上げながら、後ろの橋口さんに言った。
「すぐ行きます」
「もう、狭いなぁ」
蘆屋さんがインスタントコーヒーをつくって皆に渡しながら、そう言った。
「ごめんね蘆屋さん」
部屋には蘆屋さんの他に俺、橋口さん、上戸絢美、三島優子、加藤さんにマリアがいた。ロフトへ避ければまだ隙間も空くのだが、今は全員下にいた。
俺たちは、屋敷での騒動の後、みな疲れてこの部屋で寝て過ごした。上戸絢美と、三島優子が逃げないように、アンドロイドのマリアが夜中監視を続けた。
朝、起きると、マリアが話があるということで皆起こされ、話を聞いた。
俺たちは小さなテーブルを囲って座っていて、コーヒーを渡して回っている蘆屋さんと、マリアだけが立っていた。
「マリア、さっきの話をもう一度説明してくれるかな」
俺はまだ納得がいかなかった。
「ワタシハ、イオン・ドラキュラカラオクラレテキタ、クスリヲモッテキマシタ。コレハ、イオン・ドラキュラガツクッタ、コウウィルスヤクデス。コノエキタイヲチョクセツケッチュウニイレテシヨウシマス」
マリアはアルミのアタッシュ・ケースから、薬の入った入れ物と注射器を取り出して見せた。
「いや、そこじゃなくて、薬の作用方法と、検証したのか、ってとこ」
マリアが少し黙った。
そして、テーブルに置いてあったノートPCのキーボードを操作した。
画面には、イオン・ドラキュラが映った。
動画が始まったが、音声は外国語でよくわからなかった。自動翻訳されたテロップが下に流れる。
『これはドラキュラ・ヴァンパイア病の抗ウィルス薬』
イオン・ドラキュラなのだが、映像の中では単なる白髪の老人にしか見えなかった。白髪の老人は、よくわからない文字と図を並べた絵の見せながら、話を続ける。
『ドラキュラ・ヴァンパイア・ウィルスが細胞内に入る仕組みを邪魔し、細胞内で自身のコピーを作ることを抑止します』
その後は、どうやって作ったか、いかに自分自身が天才であるか、などの説明が長々と続いた。
イオン・ドラキュラは動画の途中で寝てしまい、静止画のようになってしまう。
「……どうなんだ? 誰かに試したとか一言も言ってないな。この効果で、病気に罹った人が治る、んだろうか」
マリアが俺の質問を受けて返した。
「ウィルスハサイボウナイニハイリ、ジシンノチカラヲハッキシマス。̪シカモウィルスハフエナイノデスカラ。ホボナオルトイッテイイデショウ」
「……」
マリアが持ってきた薬は五本。俺自身と、三島優子、上戸絢美の三人に使っても余る。効果が薄かった者から、もう一度受ければいい。しかし、この薬の効果で治るのだろうか。製薬会社が作ったものではない。つまり治験したものではないはずで、使用には副作用などの未知な部分が多すぎた。
「治験というか、誰かで試した結果とかはないの?」
「シルカギリハ、アリマセン」
俺は腕を組んで目を閉じた。
「カゲヤマが薬を使うのがイヤなら、私が先に受ける」
三島優子が、そう言った。
「……副作用とか、そういうことを考えているのか。臆病者だな」
上戸絢美が三島優子の言葉に反応してそう言った。
俺は三島優子と上戸絢美を交互にみやる。
「そうじゃない。まずは治るか、治らないかが不明だ。治らないのに副作用を取るひつようはないはずだ」
「何もしないと病気は進行するのよ」
三島優子はそう言った。
「いや、次々にウィルスを与えられ、病気が慢性化しなければ自然治癒すると、つまり『なにもしていないなら』治るはず……」
「さっきの戦いを経てもそう思うの?」
確かに上戸絢美が蝙蝠を操って『化け犬』や『ゴリラ』を繰り出したことを考えれば、自然治癒などで治るものとは思えなかった。二人とも、すでに『慢性化』しているに違いない。
「私は吸血鬼なんていや。多少リスクがあっても早く普通の生活に戻りたい」
その時玄関の方から、ガチャリと音がした。俺は話をつづけた。
「けど、注射するって言ったって俺たち素人が普通に打ったって」
「その点は大丈夫よ」
「冴島さん…… どういう意味ですか?」
冴島さんが少し体をずらすと、後ろにいた女性が前に出てきた。
「赤井さん?」
「注射や、病状の管理については、看護師の赤井さんを頼むから」
冴島さんと赤井さんが入ってきたために、本来一人暮らしのワンルーム(ロフト付き)の部屋に九人が入っている状況となった。
互いの体温で部屋が暑く感じられる。
冴島さんが言った。
「そういうことで、あなた達には、ここから引っ越しする必要がありそうね」
「引っ越しするって言ったって」
「そこに屋敷があるでしょ」
「!」
まさか冴島さんは……




