(88)
空中を旋回しながら高く上がると、今度は垂直に落下してくる。
犬がそれに気づくと、慌てて下がって避ける。
神鷹は地面すれすれで向きを変え、再び上昇する。
「一、ニ、三、四、五……」
俺は何羽いるのか数えた。
「あっ」
突然、急降下し、絢美が跨っていない方の犬を狙った。
死角を突いたのか、犬の動きが鈍い。
犬の腹を鷹の爪がえぐった、と思った瞬間だった。
「えっ!」
「なんだ? 剣山!?」
犬の体に尖った針が、背中のあらゆる個所から伸び出ていた。
神鷹はその一つに貫かれてしまった。
式神はそこで元の紙に戻る。戻った紙にも、真ん中に穴が開いている。
上空に残っている神鷹は、下りるに下りれないといった様子で、ぐるぐると旋回を続けた。
「どうする?」
「どうするって言ったって……」
死角をついて背中に突っ込めば串刺しだ。針が出てこない場所を攻撃するしかない。
「顔…… そうだな、目を攻撃すれば」
「分かった」
蘆屋さんの伸ばした指先が、口元に軽く触れる。そのまま呪文を唱えると、神鷹の方へ手を振り上げる。
「うまく行ってくれ」
隙あらば俺たちを襲って来ようとしている化け犬に指を向け、霊弾を撃つそぶりを見せる。
犬は反応して下がったり、左右にステップする。
本当に霊弾が効かないのだろうか。
蘆屋さんが空に向かって指示する。
「やれっ!」
三羽がドリルのように螺旋を描きながら化け犬の頭に降りてくる。
顔の直前で、二羽が上空に方向転換し、残りの一羽が犬の目を狙う。
「そうか、どれが来るかわからないように」
「!」
化け犬は、神鷹に向かって口を開けた。
まぶしいばかりの霊光で何も見えなくなる。
光が弱まると、神鷹は消えていて、化け犬は俺たちを睨みつけていた。
「どう…… なったの?」
「私の式神がやられたのなら、紙があってもいいはず」
化け犬の、のど元が動いた気がした。
「あっ……」
犬の一連の動きは、何かを飲み込んだように思える。
「まただ。飲み込んだんだ」
「うそっ」
「ヤツはなんでも飲み込めるのか?」
「勝ち目無いじゃない……」
蘆屋さんはそう言って震える体を寄せてきた。
「どうするの……」
俺はずっと指を伸ばして、化け犬に霊弾を撃ち込むポーズをしている。
これをしているだけで、ヤツは襲ってこない。
本当に霊弾がきかないわけじゃないんじゃないか?
「霊弾、本当に効かないのかな?」
「何言ってるの? 飲まれたじゃない。神鷹も」
「けど、それなら俺がこうしていても無視して襲ってこれるはず」
「他の攻撃があるのか警戒しているだけなんじゃない?」
「……試してみよう。さっきと同じように、同時に撃って、避けれない、逃げれないように」
蘆屋さんがうなずく。
「どっちにする?」
「さっきと同じ」
俺と蘆屋さんは、指先を伸ばして狙いをつける。
指先に霊光が光るか、光らないか、というところで俺が合図する。
「撃って!」
絢美を乗せている化け犬に向かって霊弾が放たれる、その犬の頭で、交差するように左右の光跡が残る。
犬は避けようとピクリと動いたが、さっきと同じように大きく口を開けた。
「やっぱり霊弾を食う気なんだわ」
開けた口に霊弾が飛び込む。周りに様々な影を落としながら、霊光が輝く。
俺は必死になって、何が起こっているのかを見極める。
光が弱くなったかと思うと、光が消えた。
犬ののど元が動いている。やっぱり霊弾を食ったのだ。
「もう一回!」
蘆屋さんが慌てて指を化け犬に向ける。
「せーの」
もう一度タイミングを合わせて霊弾を放つ。
頭でクロスするように霊弾が進んでいく。化け犬は避ける間もなく口を開く。
「ねぇ、これ意味あるの?」
言っている間に、霊光が辺りを照らす。
そして、闇。
また霊弾を食われた。
「続ける!」
俺たちが霊弾を撃つと、今度は、絢美を乗せていない方の犬が霊弾を食らった。
「あっ、今度は、もう一匹の方に食われた」
「……」
「なんか言ってよ」
「とにかく次の霊弾を撃つ用意をして」
「霊力無限じゃないのよ! 理由を教えて」
俺は言うべきか悩んだ。根拠はあまりに薄い。
「ねぇ!」
「さっきも言ったけど、霊弾を全部食えるなら、怖がる必要は全くない。すぐに襲い掛かってきていいはずだった」
「まさかそれだけ?」
「いや、今のでわかったよ。ヤツも全部を食いきれるわけじゃないんだ。だから代わりにもう一匹が出てきたのさ」
「撃ち続ければ勝ち目があるってこと?」
「食えなくなれば、よけるしかなくなる。避けれなければダメージを受ける」
「わかった。それに賭けるわ」
「ありがとう」
こっちの霊力が尽きるのが先か、向こうが食いきれずに霊弾に倒れるのが先か。体力勝負だった。
何度も何度も霊弾を撃ち、何度も食われた。
「……まだ? 練習でもこんなに撃ったことないよ。霊力絶倫のあんたについていくの、必死なんだから」
「霊力絶倫って、精力絶倫みたいに言わないでよ。誤解されるじゃん」
「だって、その通りでしょ」
俺は蘆屋さんから視線を外して、犬の様子を確認する。
「ほら、化け犬の動きが鈍ってきた」
「あっ、ほんとだ、もしかしてあいつ、腹が地面を擦ってるんじゃ?」
蘆屋さんが言う通り、真っ黒い犬の腹が膨らんで、下についていた。
必死に足を突っ張って動いているが、どうしても着いてしまうようで動きが鈍い。
「霊弾って質量あるの?」
「あたしに聞かないでよ」
「と、とにかくもう少し頑張って」
俺と蘆屋さんはタイミングを合わせて霊弾を放つ。
絢美を乗せた化け犬に大きな霊弾が二つ集まっていく。
動けない犬は口を開ける。その時、もう一匹の化け犬が出てきて、その霊弾に当たってしまった。
「!」
輝きながら霊弾が化け犬の体を破壊していく。破壊された腹の内側からも、光が漏れ出てくる。
「あいつ盾になったんだわ」
「それより腹の中の霊弾が」
とっさに蘆屋さんの体を庇うように体を重ねる。
「爆発する!」
化け犬が食らった時の何倍も明るい光で、何も見えなくなる。
同時に爆風があたりのものを吹き飛ばす。
俺と蘆屋さんも、重なりあったまま吹き飛ばされた。
俺は腕をついて、体の下にいる蘆屋さんを確認する。
蘆屋さんは、目を閉じたまま動かない。
えっ…… まさか、今の爆風で何か飛んできて……
「蘆屋さんっ!」
反応がない。
「蘆屋さんっ!」
「……」
俺の腕の下で、蘆屋さんがゆっくりと瞼を開いた。




