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「なんだ、バレてるのか…… けど、私はピートじゃない」
黒い霧状の粒子が橋口さんの体を覆いつくした。
真っ黒になって、その粒子が別の人型を作り出すと、橋口さんが床に倒れた。
真っ黒い影が、急に形を成す。
黒い色も、服の色や肌の色に一瞬で切り替わる。
「あ、あの時の女性警官!?」
「……」
目の前に現れた女性警官はニヤリ、と笑った。
橋口さんのコートから、ムチがふわりと浮き上がり、宙を駆ける列車のようにスルスルと伸びてくる。
「!」
一瞬のうちに、俺の体はムチで巻き取られてしまった。
「優子も…… そうね。こいつもついてでに利用させてもらうか」
女性警官はそう言うと、再び黒い霧にもどり、橋口さんを黒く染めていく。すべてが橋口さんにくっついた後、黒い色が服の色や、肌の色に変わる。
「あらあら、こんなにきつく縛っちゃって……」
橋口さんの恰好をした女性警官が三島さんの拘束を解いていく。
三島さんのさるぐつわが外される。
「ありがとうございます、絢美様」
橋口さんの体が、三島優子を抱き起しながら、耳元でささやいた。
「ピートの力が消えたわ。もう私たちは自由よ」
「ピートの力が消えたって?」
「うるさいわね!」
橋口さんの手が俺に向けられたと思うと、再びムチが生き物のように動き出し、俺の口に突っ込まれた。
「しばらくだまってなさい。さあ、行きましょう」
橋口さんの体の女性警官が、部屋の扉を開けて出ていく。
三島優子はムチで縛られた俺をけりあげ『進め』と言う。
俺は飛び跳ねるように進みながら、橋口さんの体を追いかけるように進む。
その後ろを三島優子がついてくる。そんな順番だった。
病院の外にはパトカーが一台停車していた。
パトカーに待機していた警官に、橋口さんが何か言うと、パトカーから警官が近づいてきた。
「ほら、早く乗れ」
俺と三島優子はパトカーの後部座席押し込められた。
警官が運転席に座り、橋口さんは後部座席に座った。
「そこの道を国道に向かって進んで」
「橋口さん、上戸がまだ病院に残っているはずですが」
「上戸さんは病院ないの処理を任せている。こいつらの移送が優先だ」
「……はい」
パトカーを運転している警官は、橋口さんの言うことだから聞いているのではなく、何か別の力で強引に言うことに従わされているようだ。
橋口さんの体を使った、女性警官の言う通りにパトカーは道を進んでいく。
さすがに道がおかしいと思ったのか、警官が聞き返す。
「あの…… 橋口さん、どこに向かっているので……」
「もういい。ついた」
そこは、屋敷の前だった。
有無を言わせずそこで降りると、パトカーは署に引き返していった。
橋口さんの体を使った女性警官が、俺をけとばしながら、門の脇の扉の方へ連れていき、開けさせる。
「このムチを解いて、鍵を取らせてくれ」
「鍵は私が取るわ。どこにあるのか言って」
「……」
俺はどこに鍵をしまったか考えた。頭で思い出し、口で説明するのは難しいものだ、と思った。手が覚えているのだ。
「早く言いなさい」
橋口さんの体がそう話す。その右手を突き出し、のどに当ててくる。
「見かけはちんちくりんの除霊士だけど、力は吸血鬼なのよ。どういうことか見せてあげる」
グッと、押し付けてきたと思うと、あっという間に俺の体が右手一本で持ち上がる。
もしこの手の指が俺の首を絞めてきたら…… 簡単に死んでしまうだろう。
「げほっ……」
俺は無様に道路にしりもちをついた。
「いつまでも出さなければ、死ぬほど痛い目をみるだけ」
「み、右…… 右のポケットだったと思う」
橋口さんの手を使って、俺の右ポケットを探ってくる。
あれ、こっちにはない…… 容赦なくポケットの奥まで突っ込んでくる手。俺の大事なところを刺激する。
「ん……」
「ないじゃない!」
俺は気持ちを落ち着かせながら、どこにしまったかをもう一度考える。
左、それとも胸のポケットだろうか。
「遅い! 勝手に探すわ」
橋口さんの手が、今度は左のポケットに入ってくる。
やっぱりその奥底にも鍵はなさそうだった。そんなことが伝わらないせで、手は容赦なく奥底をまさぐる。再び股間が刺激される。
「あっ…… そこは……」
「隠しても無駄よ。あとは上着だけなんだから」
手でまさぐられるうちに体のいろいろな部分が刺激される。同時に橋口さんの胸が俺の体に当たって、様々な邪なことが頭に浮かぶ。
今、俺の手が動いたら…… 確実に冴島さんに『セクハラ』認定されてしまうだろう。
「あった……」
ようやく俺の上着のポケットから鍵が取り出された。
そして、鍵を差し込み、扉を開ける。
「今日は屋敷の鍵を開けてもらうわよ」
それは出来ないんだ。俺一人では……
俺は背後にいる人の気配に気づいた。まさか屋敷の『鍵』の存在に気付いたのか?
「蘆屋さん!」
三島優子に手を引かれて、蘆屋さんが立っていた。
意識がないかのように、どこをみているかわからないような目つきだった。まるで焦点があっていない。
「蘆屋さん? 俺のことわかる?」
まるで反応がない。声が聞こえていないのか、意識が薄くて言葉を理解できないのか、どちらにせよ俺の言うことが伝わらないようだった。
「さあ、今日こそ屋敷の中へいくのよ」
俺と橋口さんの体を乗っ取った女性警官、三島優子、蘆屋さんで奥の屋敷へと進んでいく。本当に鍵を開けなければならないのか。鍵を開けるには、蘆屋さんが『さやか』になっている必要があるが、この朦朧とした状態で果たして鍵が開くのだろうか。
いや、その前に、鍵を開けずにこいつらを倒す方法はないだろうか。
橋口さんを乗っ取った女性警官の力は強いが、不意をついてなんとかならないほどではない。
蘆屋さんさえ正気に戻れば…… ニ対ニだ。
俺は橋口さんを殴ろうとしても動けず、気付いた。
まずこのムチで縛られた状態をなんとかしないと。
「さあ着いた。まずは『さやか』に出てきてもらおうかしら」
橋口さんが蘆屋さんの体に手のひらをかざし、しきりに動かしている。
蘆屋さんも何かオーラが当てられているように、触れてもいない体が反応している。
「あっ、あっ!」
橋口さんの手の動きが激しくなるに従い、蘆屋さんの声も大きくなる。
「さあ、出てきなさい『さやか』。鍵を開けるのよ」
蘆屋さんはつま先から電流が走ったように細かい震えが頭の先まで走った。
すぐに動きが止まって、うつむいた。髪が顔にかかって表情は見えない。




