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ただ、眷属の関係からすれば、三島さんと俺は離れている。
俺を上位とみなす理由は……
「あっ!」
「今度はなに?」
もしかしたら、ピートが死んだ、のか。それなら辻褄があう。
直系の上位者がいないなら、力の強い近親者が俺であるなら、さっきの関係も考えらなくはない。
「ピートが死んだのかも」
「ピートが死んだ? なぜ? 血を流していたとは言っていたけど、死にかけてたってわけ?」
「死因は分かりませんが。エリーのようにピートも自殺したのかも」
「そんなこと、ありえない」
確かにあり得ない。しかし、エリーはあの圧倒的に有利な状況から自ら命を絶った。俺にはわからないような理より、死を選択せざるをえない状況になったのかもしれない。
あるいは、ただ常人以上の力の持ち主という訳ではなく、力を得たことで、自殺しやすくなる欠陥が生じているのだとしたら。
「もしかしたら、それが彼らが特殊能力を得た代償なのかも」
「ピートが死んだなら、影山くんのドラキュラ・ヴァンパイア病は悪化しない、のね」
「何度もウイルスに侵されることがないから、病気が慢性化しないってことですか」
多分、その通りだろう。眷属に従うことがなくなれば、これ以上病気に侵されることがなくなる。つまり、ドラキュラ・ヴァンパイア病は悪化はしない。残る問題は俺の免疫力が、俺自身の力がこの病気を治す力があるかどうか、だろう。
俺に寄りかかるようにぴったりと付いている三島さんを見ていた。
さっきみたいに、俺と三島さんでドラキュラ・ヴァンパイアウィルスを与えあった場合はどうなるのだろう。それぞれのの中で残った強いものがお互いの中で繁殖して、また交換される。ピートがいないこの状態で、残された者はそうやって生き残ろうとするのではないだろうか。
そんなことを考えている間に、そとで大きなエンジン音が聞こえた。
近づいてきた、というころに音が止まると、胸の大きな女性が病院に入ってきた。
冴島さんが声をかける。
「かんな! こっちよ」
橋口さんが振り返る。
「拘束ベルトなんて久々に使うから、探しちゃったわよ」
橋口さんが近づくと、三島さんが捕まえようととびかかる。
俺は思わず手錠を付けた方の手を引く。
短く甲高い音を立てて手錠の鎖が張られた。手首に痛みが走ると同時に、反動で三島さんが俺の方に戻ってくる。
俺は三島さんを抱きしめる。
「?」
「三島さんが、ドラキュラ・ヴァンパイア病をまき散らさないように、眷属に会いに行かないように、拘束する必要があるんです」
「カゲヤマ、もしかして、あんたも?」
橋口さんは俺の顔をみて、そう言った。俺はうなずいた。
三島さんは、とりあえず、俺が入っている個室に連れてきた。冴島さんが言う。
「かんな、私は赤井さんとさっき三島優子につかまっていた郁美さんの様子をみてくるわ。見ていた限り噛まれたりはしてないみたいだけど…… ドラキュラ・ヴァンパイア病の兆候があったらすぐ連れてくるから」
「さっきからくどくどと、しつこいんだケド」
橋口さんは、胸の下で腕を組んでそう言った。
「頼んだわよ。私の命令下にあるとは言え、影山くんも眷属だから、油断しないでね」
「はいはい」
「……」
冴島さんが、グッとこっちを睨みつけると、静かに扉を閉めた。
三島優子を俺が使っていたベッドに寝かせ、橋口さんの持ってきた革製のベルトで縛りつけた。
その革製のベルトには細かく文字が刻まれていて、物理的かつ霊的に拘束される仕組みになっていた。
「このベルト、大丈夫ですよね?」
「大丈夫に決まってるでしょ? 変身能力からテレパシー、大概の能力はシャットダウン可能なんだケド」
「けど、もし使われた場合は?」
橋口さんは自身の頭を指差す。
「私に連絡が入るようになってる。誤動作とか、焼かれたとかで機能しなくなった時も同じ」
「……」
それらが機能すれば完璧に思えた。
俺と三島優子をつないでた手錠を外した。
「影山っ! 助けて、あなたには眷属を守る義務があるわ」
「……」
ピートを感染源として、女性警官、三島優子、俺の順にドラキュラ・ヴァンパイアになったわけだが、俺はピートから直接受けている。だから、三島優子よりはすこしだけ本流に近い。そういうことなのだろう。
「ねぇっ、助けて!」
橋口さんが、布を持ってきて、三島優子の口にかけた。
「しゃべられるとやかましいから、これをしときましょう」
さるぐつわをされて、三島優子はおとなしくなった。
「ふう……」
「次は、絢美も助けてほしいんだケド」
「はい。早く見つけてここに連れてきましょう。ドラキュラ・ヴァンパイア病を何度もうつされなければ、人の治癒能力でドラキュラ・ヴァンパイア病を治すことができるはずです」
橋口は手で銃の形を作った。
「絢美は警官のままだから、銃を持っているわ。その点は十分に注意して欲しいんだケド」
「はい」
返事をしたとき、俺は腕につけていたGLPに違和感を感じた。
「くっ!」
橋口さんが首を抑えて、前かがみになった。
そしておもむろにトレンチコートを脱いだかと思うと、それをそのまま床にたたきつけた。
「どうしました?」
俺は驚いて橋口さんの顔を見ようと見上げるようにしてそう言った。
確か橋口さんのコートには霊的な細工がしてあって、非常に重要な役割を果たしているはずだ。それを叩きつけるなんて……
橋口さんが、急に顔を上げた。
「カゲヤマ、あんた、最近私に霊力をくれてないわよね」
「急に何言い出すんですか?」
俺は警戒した。
「私の胸、最近触って無いわよね」
「ええ」
橋口さんは、急に体をそり、胸を前に出して見せた。
「霊力が足りないのよ。絢美を探すのにも、戦って捕まえるにも、霊力が足らないの」
橋口さんは、自らの胸を手で支えながら、俺に近寄ってくる。
「早く霊力を注いで欲しい……」
俺は、橋口さんのしゃべりに何か違和感を感じていた。
「ねぇ、早く!」
触れとばかりに突き出してくる胸。
漫画やアニメでしか見たことがなかったリアル乳袋を形成する胸を目の前にして、俺は手を止めた。
「お前、誰だ!」
「いいから触って霊力を……」
「橋口さんじゃないな? 橋口さんなら、さっき『欲しいんだケド』って言ったはずだ。もしかして、お前、ピートだな?」
橋口さんは『フッ』と笑って少しうつむいた。




