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頭髪のかすかな輝きが、周囲を照らした。
光のない闇においては、その僅かな暗い輝きで十分だった。声の主が動く移動するにつれ、部屋のすべてが浮き上がるように見え始める。
「これはまた、強力な力だ」
立ち上がり、自らの入っていた棺を出ると、テーブルに向かった。
テーブルに座ると、机の引き出しから、ノートPCが出てきた。
ノートPCのバックライトは一番暗い状態だったが、その者の頭髪の何十倍もの光で周囲を照らし出した。
その部屋に文字を読む者がいたら、棺に刻まれた名前に気が付いただろう。『イオン・ドラキュラ』と。
ノートPCでパスワードを入れると、自身の秘密のサイトを開いた。
そこにはアジアの小国から、メッセージが入っていた。
「サエジマ? この前も何かきていたな」
モニタに指をあてながら、まぶしそうに文字を読み始める。
『先生の研究のドラキュラ・ヴァンパイア病を治療する方法はないでしょうか。とても重要な人がドラキュラ・ヴァンパイア病に罹ってしまったのです。わずかの可能性でも構いません。治療の方法を教えてください』
「はっ!」
イオン・ドラキュラは吐くようにそう言った。
「まさかさっきの強力な力は、このサエジマの知り合いのものじゃないだろうな……」
PCのモニタに指を添えながら、届いたたくさんのメッセージをを読み続けた。
メッセージを読み終えると、イオン・ドラキュラは画面を切り替えた。
進化の樹のように始まりの一点から伸びたり分かれたり、途切れたりしている。分岐や消えたところ、線の途中に中抜きの丸と、中のある丸があり、それぞれ人の名前が書きこまれている。始まりに近い方は中抜きの丸が多く、終わりに近づくにつれ、中が塗られた丸が増えていた。
イオン・ドラキュラがそのツリー状の図をスクロールすると、端についたときに点滅する二つの点があった。
指を当てて、その点滅する部分の名前を読み上げる。
「ピート・ウィリアムス。ダイゴ・カゲヤマ」
読み上げた後に点滅が終わり、ピートの点は中抜きの丸に、カゲヤマの点は中のある丸にかわった。
イオン・ドラキュラが立ち上がり、部屋の壁にある肖像画の前にたった。
「マリア。聞こえるか?」
すると肖像画に書かれた女性の顔に変化が生じた。
まるで話すように口が動き始めた。
『ヨウケンハ、ナンデショウ。イオン・ドラキュラハクシャク』
イオン・ドラキュラは肖像画に話しかける。
「ダイゴはどこにいる」
『イマ、ダイゴトハナレテイテ、イバショガワカリマセン』
「一番大事なことを実行できんのか。ダイゴを見張れ。それが最優先だ」
『ワカリマシタ』
そういうと、肖像画は元の状態に戻った。
イオン・ドラキュラがふと気付くと、ノートPCのツリーの形が変わっていた。
ピートから派生していた枝が、カゲヤマの方へ付け変わっていたのだ。
「眷属の関係を乗っ取った…… というのか」
イオン・ドラキュラは目を見開いた。
「まさか…… ね」
その後、真っ暗な部屋に、イオン・ドラキュラの笑い声が響いた。
「三島さん、その女性を離すんだ!」
俺は言うとおりにしてくれたらいいな、と思ってそう言った。
三島さんが、若い看護師を盾にしてじりじりと通路を下がっていく。
「赤井さん、助けて」
「郁美!」
そう言って飛び出そうとする赤井さんを、冴島さんが背中で止める。
「あなたが出て行ったら、被害者が増えるだけよ」
俺は指を伸ばして霊弾を放つ姿勢をとる。
「ほら、妙な事したら、こいつをガブっと」
三島さんが、口を開いて、若い看護師の華奢な首筋に歯を立てようとする。
俺は霊弾で狙おうと上げかけた手を開いて、手を振った。
「わかった、撃たない。撃たないし、追いかけない。だから、その看護師を離せ」
感染した時にどうやって治せばいいのかわからない限り、逃げられるより感染者が増えることが重大だ。
後は、どんどん感染させた方が自分が有利になる、と三島さんが気づくかどうかだ。
俺は黙って三島さんに近づいた。
「こらっ、許可なく近づくなと……」
もう首筋に歯が当たっているのではないか、と思うくらいに近づいてしまった。
「頼む。三島さん。その女性を離してくれ」
俺は胸の前で手を合わせてそう言った。
その時、看護師の首筋に顔を近づけていた三島さんが、スッと、姿勢を戻した。
そして、不思議そうな顔をして首をかしげる。
「?」
「三島さん、わかってくれたの?」
すると俺の横で赤井さんが声も上げずに必死に手招きを始める。
三島さんが看護師をつかんでいた手を離したのだ。
「カゲヤマ…… カゲヤマ……」
繰り返しそう言いながら、三島さんは俺を指さす。
うつろな調子で言葉を繰り返す。
その間に、若い看護師は赤井さんのと抱き合った。
「郁美、怪我はない?」
「はい」
そう答えながら泣いてしまっている。
ゆらゆらと三島優子が近づいてくる。冴島さんが、赤井さんと若い看護師を押すようにして三島さんから遠ざける。
「影山くん、手錠!」
俺は手を伸ばして、三島さんの腕をとる。
「!」
勢いあまってか、三島さんが俺に体を預けてくる。
首をかしげてから、襟を開いて首筋を俺に見せた。
なんだろう、まるで噛みつけ、血を吸えとでも言わんばかりの仕草だった。
俺の中で、強い衝動が湧き上がる。
『目の前の娘の血を吸え。ウィルスを蔓延しろ』
誰の声とはわからなかった。だが、ドラキュラ・ヴァンパイア特有の衝動に違いなかった。
俺は三島さんを持ち上げながら、きつく抱きしめた。
「冴島さん! 俺に、俺に命じてください。俺、止められないっ!」
冴島さんが俺の方を振り返り、右手をかざす。口元が何かをつぶやくように動くと、手を横に動かした。
俺は、三島さんの首筋に噛みつく寸前、口を閉じた。
「……」
イオン・ドラキュラの書いた研究書のことを思い出していた。
眷属の上位者対し、下位の者が服従を示す行為がある。まさにそれに思えた。下位の者は血を与え、上位の者の力を代わりに受け取るのだ。
俺が、何もせぬまま体を離すと、三島優子が目の前で泣いた。
「影山くん、手錠」
俺は三島さんの手に手錠をかけ、反対側を自分の手にかけた。
「冴島さん。今の…… ドラキュラ・ヴァンパイアの下位の者が上位の者にする行為です」
「どういうこと?」
「結果として、俺が上位の者だ、ということなんですが。理由は分かりません」
俺は確かに胸に直接傷をつけられる形で、ドラキュラ・ヴァンパイア病の進行度が強いのかもしれない。




