(8)
「!」
炎を上げながら燃える、糸状のものがあった。それは落ちてくるまでに燃え尽きてしまった。
そうだ、あの時も『髪の毛が燃えたのよ。影山くんに付いていた、あそこにいるエリーとかいう女の髪の毛』と冴島さんが言っていた。
あの時も術が解かれた時に髪の毛が燃えた。
「なんであたしの式神をあなたが……」
「それは後で話します」
龍を操るのだから、それなりに近くにいるはずだ。
俺はまわりを見回し、校舎の屋上や高い階からこっちを見ていないか探した。
「……」
「あっ! 通報があったのは、君たちだね?」
声に振り返ると、そこにいたのは学生課の職員だった。
職員は床を指さしている。
分かってはいるが、確認するようにそこを見る。
敷き詰められた石が砕けて、盛り上がっている。
「許可なく学内で映画の撮影をしちゃだめだ。しかも、火薬なんか使うのはもってのほかだ」
俺じゃない。俺じゃない、と思ったが、あの龍(式神)や、俺の霊弾の光は彼らには見えない。
「……すみません」
「うちの学生だね。本当だったら器物破損で、警察を呼ぶところだぞ」
「すみません」
「……なんだ? 紙が降ってきた」
蘆屋さんが紙に飛びついて、懸命に集めている。
それはさっきまで龍の式神を形成していた紙だった。
「これも君たちか…… まったく」
「すみません。本当にすみません」
「学生証みせて」
俺たちは学生証を見せた。
学生課の職員はブツブツ言いながら、携帯で電話すると、管理課の人がカラーコーンを持ってきて破壊されたところを囲むように置いた。
「本当っ、に今回だけだから!」
そう言って俺を指さした。
俺はずっと頭を下げていた。
大学からの駅に向かう道で、後ろから呼びかけられた。
「ちょっと、あんたも事務所寄ってくでしょ?」
蘆屋さんだった。
今日は冴島さんが用事があると言っていたし、事務所に行くつもりはなかった。しかし、今日の出来事を報告しないのもマズいか、とは思っていた。
「……」
「ほんとダメね。決断が遅いわよ。私も行くから、一緒に行きましょ」
蘆屋さんがぐいっ、と俺の手を取り、引っ張った。
俺は聞いていた話をした。
「いや、今日、行っても冴島さんは用事で居ないって」
「師匠が冴島事務所に寄るから来いって言ってんだから、その用事は変更になったか、もう終わったのよ。とにかく行くわよ」
こっちには何も連絡が入っていない。俺は橋口さんと蘆屋さんの関係をうらやましく思った。
「う、うん……」
学校の路線から、そのまま地下鉄に乗り入れ、都心につくと高速エレベータに乗って冴島除霊事務所のフロアに上がった。
扉のインターフォンを操作すると、中島さんの声がした。
「あれ? 今日は来ないと聞いてたけど……」
「師匠来てますよね?」
「あ、あれ蘆屋さん? 橋口さんはさっきから来てるけど……」
様子からして、なにか弟子には知らせないでおきたいことだったのではないだろうか。
「なら、今日はこれでかえりま……(まごっ、おえっ)」
「ここ開けてください」
「はい」
カチャリ、と扉の鍵が開く音がした。
蘆屋さんが扉を開けて入っていく。
「酷いよ蘆屋さん、手を突っ込まなくてもいいじゃん。吐きそうになったよ」
「帰るなんて言い出すからよ」
「けど、なんか様子が」
「本当に私達が聞いちゃいけないことをしてるなら、秘書さんだって鍵開けないわよ」
と小さい声で耳打ちする。
中島さんが立ち上がって、事務所へ入る扉を開け、通してくれる。
「相変わらず仲いいわね」
「良くありません!」
蘆屋さんは力強く否定して、奥の事務所に入っていく。
その後について、俺も入っていく。
「あれ、影山くん疲れてるの?」
蘆屋さんの大声に小さくなっていたのを、中島さんに誤解されたかもしれない。俺は否定した。
「いえ」
「そう?」
と言って、中島さんが扉を閉める。
部屋の中では橋口さんと冴島さんが同じ机のパソコン画面を見ていた。
『……まあ、そういうことで』
とパソコンから音声が再生された。
聞き覚えのある男の声だったが、誰かは思い出せなかった。
「あれ、初音がカゲヤマくんもつれてきちゃったんだケド」
「今日は用事があるから、影山くんの相手できないって言ったはずよ」
いきなり全員の視線が俺に向けられた。
「す、すみません」
俺は後ろを向いて帰ろう、とすると冴島さんが呼び止めた。
「来ちゃったんなら、いていいわよ。相手は出来ないけど」
「……」
「かんな師匠、さっきの何だったんですか?」
「例の人形使いと大男について分かったんだケド」
「わかったのは表面上の話ね。誤解させるようなことを言っちゃダメよ」
「見てもいいんですか?」
蘆屋さんは、冴島さんと橋口さんの背後に回り込もうとした。
「いいわよ」
俺も蘆屋さんの後をついてパソコン画面の後ろに回る。
パソコン画面には宗教団体のホームページが表示されていた。
そして、先日レストランで見た大男の顔と、黒髪の女の顔が載っていた。
「せ、聖人って」
「そうね。聖人って感じじゃなかったわね」
「あっ!」
この女、今日、河原ですれ違った…… 頭の中で燃えてきていく髪の毛が、はっきりとした映像として再生された……
「そうだ! 今日河原で」
いきなり、パチン、と頬を平手で叩かれた。
「えっ?」
蘆屋さんに胸倉をつかまれ、事務所の奥まで押し込まれた。




