(76)
むき出しの犬歯、両方の眼球が飛び出し気味になって、もう人間の顔とは思えない。
「私の彼を殺したあなたが一番悪いのに」
三島優子は、言いながらも、じりじりと、俺との間を詰めてくる。
「……」
俺はエリーが死ぬまでの間に、何人もの人がビルから落ち、電車に飛び込み、死んでいくのを思い出した。
「なのに、あなただけ安寧に生きているのが許せない」
「……俺のせいじゃない」
「俺のせいじゃない、ですって? じゃあ、私はなんでドラキュラなんかになっているの? ピートとかいうドラキュラは、なのためにこの国に来たの? 全部あんたのせいでしょうが!」
俺の背中が壁についた。
三島優子はさらに近づいてくる。
俺は指を向けて、霊弾を撃つ姿勢をとった。
指先に霊光が輝き始める。
「えっ?」
俺の意思に反して、指先の光がまぶしく輝き始めた。
「う…… うわっ……」
三島優子は顔を手で覆った。俺は一瞬、その顔がやけどのようにただれているように見えた。
「くるしい……」
そう言うと、三島優子は俺の指が放つ霊光から顔を背け、床を這うようにして逃げ始めた。
「ま、待て、あの警官に接触しちゃだめだ……」
「苦しい…… 息ができない……」
俺の指先にともった霊光が消えない。
指を背中に持っていくが、三島優子は顔を抑えたまま、扉に近づいていく。
バタン、扉が閉じて三島優子がいなくなると、俺の指先に灯っていた霊光が消えた。
「なんなんだ、これは」
俺はとりあえず大きめのジャンパーを見つけ、それを手に取って外に出た。
三島優子は道路を渡って向こう側にいた。
「三島さん、ほら、光、もう消えたから」
俺は呼びかけると同時、道路を渡った。
顔を抑えてしゃがみ込んでいる三島優子に持ってきたジャンパーをかけた。
「ほら、大丈夫だから」
肩に手を置き、落ち着かせるように軽く叩いた。
「……」
三島優子が覆っていた手を外し、俺を見上げた。
やけどのように顔の皮膚が溶けたように崩れていた。
カチャリ、と金属音がして、こめかみに冷たくて硬いものを当てられた。
「動くな!」
俺はゆっくりと声の方向に目線を動かす。
制服を着た女性警官が、俺の頭に銃口を突き付けている。
「私の優子を、よくもやってくれたな」
俺は両手を上げた。
「まあいい、この場でお前の遺産を手にすれば、世界は私のものだ」
「?」
遺産とはなんだ? 世界が私のもの? 余計分からない。
「そこの屋敷の扉を開けろ」
「えっ?」
女性警官は、屋敷の門の脇にある通用口の扉を指した。
「絢美さん…… 助けて、私を助けて、お願い、助けて」
下着姿の三島優子は、女性警官に懇願するように近づいてきた。
すると、絢美と呼ばれた女性警官は片手で三島優子を抱き寄せ、口づけをした。
濃厚な、その口づけをきっかけに、三島のただれていた顔の皮膚が、逆再生する動画のように戻っていく。
口づけが終わると、恍惚とした表情を浮かべながら、口元が笑ったように小さく開いた。
「ほら、手伝いなさい」
女性警官が言うと、三島優子は俺の上着を肩にかけたまま屋敷の扉へ走った。
「さあ、屋敷の扉を開けて」
さすがに目立ちすぎると思ったのか、俺の背中に銃を突き付けてそう言った。
俺は銃口につつかれるままに、屋敷の扉の前に立った。
「開けなさい。もしかして、ハッタリだと思ってるの?」
俺の足に銃口を移す。
引き金に指がかかる……
「わかった。開ける」
俺は鍵を取り出して、扉を開ける。先に三島優子が入って、俺が入り、女性警官が入って扉の鍵を閉めた。
三人は門の道を屋敷の方へ歩き始めた。
「質問していいか?」
銃を突きつける、後ろの女性警官に向けてそう言った。
「答えるかはわからないけど聞くだけなら」
「さっき、遺産といったな、俺の遺産」
背中に銃を突きつけられていて、女性警官の表情は見えない。
「……」
「答えないというわけか」
屋敷の歩いているうち、辺りは真っ暗になっていた。
「……」
屋敷についた。
屋敷の扉を開けるには蘆屋さんが必要だった。
しかし、俺は要求されるまでそのことを黙っていようと思った。
「まったく力を感じない…… それどころか、霊力が低下しているように思える」
そう。それは橋口さんが言っていたのと同じだ。屋敷の壁は内側に入れるが、出ていかないような性質のものだった。屋敷の力に引き寄せられた霊は、壁を抜けて屋敷の中に閉じ込められる。
「何故だ」
俺の背中に当てられていた銃口がいらついたように動いた。
「中に入らせろ!」
「俺にできるのはここまでだ。俺一人では鍵を開けられない」
「……知らないと思ってダマそうとしてるな」
パン、と音がして銃口が火を噴いた。
「威嚇じゃない。今度はお前を狙う」
「そんなことをしたら、本当に屋敷にはいれなくなるぞ」
「じゃあ、今屋敷に入れろ」
「だから……」
俺の顔に銃口が近づけられた。
銃口がもつ熱が肌に感じられ、硝煙のにおいがした。
俺は思わず両手を上げた。
「お前ひとりで開けれないなら、開けるための人間を呼べ」
俺は、女性警官と三島優子の後ろに、黒い霧状の粒子が漂っているのが見えた。
薄く、焚火の煙のように漂っていたものが、ボウリングのピンのような形にまとまり始める。
「……」
俺がその様子に気を取られていると、女性警官は拳銃の撃鉄を引いた。
「どうした? 早くしろ」
俺は銃口を見つめ、もう一度二人の背後で固まりつつある黒い粒子を確認した。
粒子は人の形を作っていた。
その粒子がすべて正しい位置に動き、シルエットが固まった時、黒かった色が一気にフルカラーに変わる。
「何を見て……」
女性警官がゆっくりと振り返ると、そこにピートが現れた。
「はっ…… ピート様」
俺に銃を突き付けていたことを忘れ、女性警官は膝をついて頭を垂れた。
「ここに来た理由を言え」
ピートは完全に怒っている様子だった。
今、ピートが理解できる言葉を話したことに、疑問を持った。
「……」
いや、そんなことはどうでもいい。俺は少しずつ後ずさりした。
「この霊力を利用しようとしたな」
「……」
「俺の命令は、カゲヤマをコントロールしろ、だったはずだ」
「最終的には」
女性警官は顔を上げた。
「コントロールする予定です。その前に……」
「屋敷の力を得るつもりだったな」
再び下を向いて、首を振った。
「お前は自分の立場が分かっていないようだ」




