(73)
「……」
いろいろな性質や能力のあるドラキュラ・ヴァンパイアだが、共通する性質もあった。
それは支配力だ。
ドラキュラ・ヴァンパイアの眷属は上下関係で支配される。親等が近ければ近いだけ、それだけ強力な支配力が働く。
イオン・ドラキュラ自身も父が認知症になって日中屋外に出て死ぬまで、まるで奴隷のような暮らしだったと記している。
「ふう……」
「なにが『ふう……』よ」
俺は声がする方を見上げた。
「蘆屋さん、おかりなさい」
「なにやってるの」
「イオン・ドラキュラが調査した研究書のファイルを読んでたんだ」
蘆屋さんは俺の正面に座った。
加藤さんも後から入ってきて、ロフトの方へ上がっていった。
「イオン・ドラキュラって、あの、ずっと寝ているという人?」
「まあ、かなり高齢だからね」
俺はページアップキーを押しながら、そう答えた。
「なんでそんなもの読んでるの?」
「そりゃ、ピートはドラキュラ・ヴァンパイアらしいからね。倒すためにはドラキュラ・ヴァンパイアがどういうものなのか知らないと」
俺は人差し指を一本立ててそう言った。
「倒す方法は分かったの?」
蘆屋さんがノートパソコンの画面を見たいらしく、俺の隣に場所を変えてきた。
俺は画面を指さしながら説明する。
「倒し方なんて、一般的なやつだよ。聖水を浴びせるとか、日中の光に当てるとか」
「ニンニクとか?」
蘆屋さんは、俺の顔をみてそう言う。
「ニンニクは一言も載っていなかったけど、大体、ニンニクで死ぬなんたありえないだろう」
「けど、あんまり役に立たない情報ね。日中の光とかで死ぬなら、ここに来るまでに死んでいるんじゃないかしら」
確かにその通りだ。だが、この研究を読めば分かる。ピートが映画や漫画のような『超強力な』ドラキュラなら、日中の光を浴びるとかで簡単に死んでしまうだろう。俺は今さっき読んだことを説明した。
「それがそうでもないんだ。イオン・ドラキュラの研究によると、ドラキュラの力が強いものは日中の光で死ぬけど、力が弱いものは相当長時間浴びなければ死なない。ドラキュラの能力が高いとか、低いとかが、弱点と思われるものと反比例するみたいなんだ」
「へぇ」
「だから、ピートがどこまでドラキュラ・ヴァンパイアの力があるかによるんだよ。単純に日中、日の光の元に連れ出しても死なないかもしれない」
「じゃあ、使える弱点かもわからないわけでしょ? それこそ、何の意味もないじゃない」
「そんなことはないよ。どんな力があるかわからないで対決するより、こんな力があるかも、と予想できる方が戦いやすい」
「それはそうとして、三島さんはどうするの?」
「どうするって?」
「ピートがドラキュラだとすれば、三島さんももしかして、ドラキュラ・ヴァンパイアになってるんじゃないの。だからピートに命じられ、ピートに手を貸した」
「……うん。そうだよね。当然、そういうことも考えるべきだった」
「ねぇ、三島さんを救う方法はないの? ドラキュラ・ヴァンパイア化を解く方法は」
蘆屋さんは俺の方に顔を寄せてくる。
俺は読んだ内容から、ドラキュラ・ヴァンパイア病を治す方法を思い出す。
「自然治癒…… ぐらいしかないね。ほら、ここ。そうとう強力なドラキュラ・ヴァンパイア病に罹患しない限り、自然と治るらしいよ。けど、何度も何度もドラキュラ・ヴァンパイア病原体に感染すると、慢性化するらしいんだ」
「慢性化って、つまりはドラキュラ化ってこと」
蘆屋さんは指で八重歯が伸びたようにしてみせる。
「うん。この資料が正しければ、感染源のピートに会わせないようにすればいいわけだけど」
「慢性化する前に、二人を引き離さないと……」
俺はうなずいた。
ある種の血液の病気を治すのと同じような放射線療法がつかえるのかもしれないが、俺には医学的に治せるものなのかは分からない。
早く三島さんを隔離して、ピートに会わせないようにしないと。
「橋口さんにその話してみるね」
「うん」
蘆屋さんはさっそくスマフォで橋口さんに連絡してくれた。
「あたしも着替えてくる」
そう言って蘆屋さんもロフトに上がっていった。
やけに体が重い感じがした。
仰向けに寝ていて、俺はいつもの天井を眺めていた。
体が動かないのは蘆屋さんの結界のせい…… だろうか。
『なにしてるの?』
どこからか声がして、俺の顔を覗き込んでくる人物がいた。
『なにそれ、死体?』
やはりどこからか声がする。
『死体に霊が乗り移っている?』
覗き込む顔は、そのどこからかくる声の方にうなずく。
そして、俺の方に向き直ると、ニヤリと笑った。
『私が助けてあげる』
覗き込んでいた人物は、俺のふともものあたりに腰を下ろしてきた。
そして、履いているものを下げた。
『してあげる。どお、うれしい?』
俺の上にまたがっている人物が何をしようとしているのかが分かった。
茶髪のショートカットの女だった。
結界の中なのか、体が動かない。
仰向けに寝ているような感覚。
『店長に…… 店長に刺されて』
『えっ』
俺は仰向けに寝ていると思っていたのに、正面に床が見えた。厨房の床で、血で濡れた鈴木さんが倒れていた。
そこで、男が助けようと手を伸ばした時、そいつの前に店長が現れた。
『かげやまか…… いいんだよ。ほっとけよ』
かげやま? 俺のことだろ? 誰だそこにいる男は……
お腹を押さえて苦しんでいる鈴木さんの体をまたいで、店長が男の方に近づいてくる。
エプロンを付けた店長は、両手に包丁を持っている。
『て、店長、あなた、自分が何したか分かってますか?』
なんだ、この出来事、これを俺は覚えている。厨房の中で、由恵ちゃんがスマフォで警察を呼んでいる。
『知らねぇよ。指図すんじゃねよ。みんな死んじゃえよ』
あっ、と思った時には男の両手を、店長の包丁が貫いていた。
手を貫いた包丁は、今度は男の胸や腹を突き刺し、えぐっていた。
吹き出す鮮血。
由恵ちゃんは厨房を逃げ出していた。店長は、男が動かないことを確認すると、包丁を拭い、由恵ちゃんが消えていった方へ走っていった。
俺は目の前の人物が確実に死ぬと思った。
助けなきゃ…… なんだろう。まだ助かる。助けないと……
ぎゅっと目を閉じて、開くと、正面に見えていた厨房が、見知らぬ天井に入れ替わった。
『えっ?』




