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「今、あなたには容疑がかかっているの。だからお金はないだろうけど、大学に行くとか、バイトにいくとかしちゃだめよ。私の仕事もさせられない」
「はい」
と俺は返事をする。部屋に入って、ドアを閉めかけた時、冴島さんが止めた。
「あ、あと。どこかに行くときは必ず私か麗子に連絡を入れて」
「どこかって、大学にもバイトにも行けないのに?」
「コンビニに行くとか、公園に散歩にいくとか、そういうことでもよ」
俺はうなずいた。
冴島さんが、軽く手を振るのを見て、部屋の扉を閉めた。
確かにマリアはいなくなっていた。
俺は仰向けに寝て、天井を見つめながらぼんやりと考えた。
本当に俺を犯罪者にすることが、三島優子の復讐なのだろうか。
裏で糸を引いているのはピートに違いない。ピートはその前までは、トーマスやエリックと連携して俺を殺そうとしていた。
確かに、ピート達は俺を殺しても自らの目的が果たせる。
三島優子が俺を殺したとしても、完全犯罪以外では三島優子自身、犯罪者となってしまう。
だとすればピート達の狙いは俺を殺すことだとしても、三島優子自身の復讐は俺を社会的に抹殺する方が正しい選択だろう…… が。
「本当だろうか?」
俺は天井に向かって話しかけていた。
俺を犯罪者にするのとは、まったく別の理由で、何か、俺に接触することに意味があるのだろうか……
俺は起き上がってテーブルのノートPCを開くと、ピートに関する情報を調べ始めた。
「おいエリック」
そう呼ばれた男は、髪が薄く、額が広がっていた。男は呼びかけには応えず、部屋の隅をじっと見つめて震えていた。
「エリック!」
やはり反応がない。
呼びかけていた男は手を広げ、肩をすくめてみせた。
「ピート、お前は最近戻ってきてなかったから知らんだろうが、エリックはここ最近、起きている間はこうやって隅を見てじっとしているんだ」
「トーマス…… まさかエリックは、カゲヤマを撃った後からずっと?」
そう呼ばれた大男は静かにうなずいた。
「完璧に撃ち抜いた、と思った相手が、傷一つなく生きているとしればこうなるのも無理はない」
「エリーも……」
トーマスが頭を上げてピートの方を見た。
「もしかするとエリーも同じだったのかもしれない。カゲヤマから何か感じ取って…… エリーは人形使いだったからな。感応力が強かった。だからカゲヤマに直接感応して狂ってしまったのかも」
トーマスは部屋の隅を見つめているエリックの背中を見て、そのままつぶやく。
「ということはエリックも、カゲヤマに感応したというのか」
「それも、射撃後、という一番効果的な形でな。こっちも気を付けないと」
ピートとトーマスは互いの顔をみてうなずく。
「ピートの作戦はどうなってる」
ピートはニヤリ、と笑って口から歯を見せる。
「順調だ。やっぱり力には『技』で対抗しないとな」
ピートはトーマスの顔を見ている。
トーマスは表情は変えなかったが、じわり、と拳を握り込む。
「俺やエリックが『力押し』だとでも言いたいようだな」
「違うのか? カゲヤマを追い詰めたのは俺とエリーだ。エリーが失敗した原因は、カゲヤマに近づきすぎたことだ。だが俺は近づかない。周りから攻めて、奴が気が付かないうちに殺してやるよ」
ピートは足を組んで椅子に座った。
「そう簡単にいくかな」
「簡単だとは思ってない。だが、奴は逃げられないさ」
「……」
まだ俺たちは相手の力を見抜けていないのだ。そう思いながらトーマスはエリックの後ろ姿を見つめた。
俺はピートのことをもっと調べるため、冴島さんからイオン・ドラキュラが作った西欧の幽霊・精霊・怪物についてまとめたファイルを送ってもらった。イオン・ドラキュラとピートにも家系的に追っていけば一つの血筋に行きつくらしい。ただ、相当昔に分かれた枝の先であるため、顔つきもなにも似てはいないようだ。
俺は資料を読み進める。
ドラキュラ、ヴァンパイアと呼ばれる者が持つ能力。大きな分類があった。
不老不死を持つ者、持たない者。
昼間に行動できる者、出来ない者。
蝙蝠などへの変化が可能な者、不可能な者。
空を飛べる者、飛べない者。
聖水や銀に耐性を持つ者、持たない者。
……等々、様々な種類のバンパイヤ、ドラキュラの分類があった。
それぞれに能力と呼べるものもあれば、属性とでもいうべきものもある。研究としてドラキュラ、ヴァンパイアに見られた組み合わせを〇×で示して、数人分が書いてあった。組み合わせを考えたらもっとたくさんのパターンが見つかるように思えたが、イオン・ドラキュラの資料にはすべては記されていなかった。
その〇×の組み合わせから考察が書き加えられている。基本的に行動時間が広がれば広がるだけ、弱点がすくなければすくない分、ドラキュラとしての能力は低い、らしい。能力が複合していなくても、強力な能力であれば、弱点が増え、行動時間は狭くなる。
例えば不老不死のような力のある者は、同時に弱点も多く、強い日差しの元は歩けないし、聖水や銀に弱い。日光や聖水で死ぬ者を、不老不死と呼ぶのかというところには、疑問は残るが……
「なるほど」
イオン・ドラキュラの研究によれば、ドラキュラ、ヴァンパイアの定義というのは、遺伝的なものと、ウィルスとしての病理としての二つの面があるのだという。よく伝奇的に伝わるドラキュラ・ヴァンパイアの話で、血を吸われると吸われたもののドラキュラ・ヴァンパイアになるというものがあるが、あれは蚊が病気を蔓延させるのと同じ理屈で血を吸われた時に罹患するかららしい。
ドラキュラ・ヴァンパイア病原体は、空気感染や、飛沫感染の心配はなく、直接、血中に送り込むしか感染しないことが分かっている。また、直接血中に送り込んでもDNA的にドラキュラ・ヴァンパイアにならない者、つまり病気がうつらない者も発見されている。
遺伝的なドラキュラ・ヴァンパイアというのは、慢性的なドラキュラ・ヴァンパイア病だと言い換えてもいいらしい。イオン・ドラキュラの研究では、細胞レベルで書き換えが起こってしまっていたということだ。ただし、子供に遺伝するかは配偶者のDNAとの関係によるため、ドラキュラ・ヴァンパイアの子が必ずドラキュラ・ヴァンパイアになるものでもないらしい。また普通の病気に見られない性質として、ドラキュラ・ヴァンパイア病に感染・罹患すると、ウィルスを与えた者の眷属となるそうだ。




