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ここにやって来たのは制服の警官だった。蘆屋さんの部屋に入ってきた、あの女性警官だ。
「残念ながら私一人よ」
見張り、なのだろうか。
女性警官は鉄格子の前までくると、ニヤリ、と笑った。
「……」
警官が容疑者に向かって微笑みかけるだろうか。蔑む気持ちにしろ、温かく見守るという意味だとしても、微笑む意味が分からない。いや、どちらかというと、何か別の意味を含んでいて、ニヤリ、としたように思えたのだが。
女性警官がしばらくこっちを向いて立っていると、話かけた。
「現場でも思ったんだけど、あなた、いい男ね」
「?」
どうも、とでも返すべきだったか。
「あなたには、何か興味を惹くものがあるわ」
何かが視野の端で動いていた。
気になって視線を動かすが、それが何かわからない。どこか上、天井の方だった。そのせいか、気のせいなのか、部屋が暗くなった。
女性警官が近づくと、鉄格子の扉が開いた。
「えっ? 鍵は……」
「ほら、ちょっと顔をよく見せて?」
おかしい。今、この鉄格子の扉の鍵を誰が開けたのか。
さっきの私服の警官が締めていかなかったのか? いや鍵のかかる音もしたし、開かないことを確かめるように、何度か扉をゆすっていた。
それが今、女性警官が近づくだけで開いたのだ。
俺は何かを感じてそこから出なかった。
このまま留置場から出たら、霊力を悪用して鍵を開けた、あるいは開けさせた、と思われてしまう。罪に罪が重なってしまう。
「あなた、警官ですよね」
「警官だって人間だから、人を好きになったりするのよ」
警戒しろ、俺の本能が訴えていた。
ここで出ていくのはヤバい。監視カメラで見れば、俺が霊力を使って鍵を開け、逃げ出そうとしたように見えてしまう。
「監視カメラ!」
俺は声に出してしまった。
天井を探すと、黒い煤のようなものが天井に漂っていて、カメラが見えなくなっていた。
「なんだこれは……」
再び奥の扉が開く警報音がなった。
「誰か助けて!」
俺が言うと、奥から返事がする。
「どうした?」
私服の警官がやってきた。
「そこの女性警官が……」
いない。
そこの女性警官が、と言いかけて気が付くと、そこにいたはずの女性警官がいない。
「なんのことだ?」
私服の警官の後に、冴島さんがいた。
「影山くん?」
俺はとっさに監視カメラを見た。黒い煤はなくなっていて、何もかもクリアに見える。
「今鍵を開けるからな」
私服の警官が格子の扉に鍵を差し込んで回す。
鍵を回したり、格子の扉をゆすったり、なんどか甲高い音がして、私服警官が首をひねる。
「どうかしましたか?」
「……」
どうやら、自分が締め忘れたと思ってくれたようだった。
その様子を見て、冴島さんが俺を睨みつけた。
「……」
いきなり家で容疑をかけられてから、ようやく俺は警察署を出ることができる。
車にのると、警察署の中では一切口を開くことがなかった冴島さんが、言った。
「影山くん、留置所の鍵」
「えっ?」
俺は後ろを見るが、冴島さんは頬杖をついて外を見ている。
「あなたがやったの?」
「やった?」
「はっきり言わないとわからないの? あなた、霊力を使って鍵を開けたでしょ」
「違います。あの時、俺が言いかけたことを覚えていますか? 女性警官が来て……」
冴島さんは外を見たまま、俺の言葉をさえぎって話を続ける。
「あの私服の警官と留置場に入るとき、鍵は机の中にあったわ。それにあの周囲に、霊力をつかった形跡があった。鍵を使わずに、霊力で開けたのよ。あの場で霊力をつ使えるとすれば」
「だから、その女性警官が霊力を使ったのだと思います」
「あの場に女性警官はいなかったじゃない」
「……だから、消えたんです。どうして消えれるのかわからないけど」
「消えた?」
冴島さんは初めて俺の顔を見た。
そして、すぐ外を向いてしまった。
「生身の人間が消えることができるのかしら」
「……」
確かにその通りだ。
どうどうと警報を鳴らして扉を開け、入ってきた女性警官が、音もたてずに出ていくことはできない。
女性警官が霊であれば、警報を鳴らして入ってくる必要もないが、霊力で鍵を開けることや、誰にも気づかれずに留置場を出ていくことはできる。
霊でもあり、人間でもあるのなら、すべての辻褄は会うことになるが。
「本当に影山くんが鍵を開けたんじゃないのね?」
「それは約束します」
あの時、警官の誘いにのって留置場の外に出ていたら大変なことになっていた。俺は背筋に寒いものを感じた。
「その女性警官が霊体ってことは……」
「霊が憑いたからって、霊化することはできないわ。別の方法で、見えなくなることはできるかもしれないけど」
「別の方法?」
冴島さんは俺の方を向いた。
「例えば、吸血鬼なら蝙蝠に姿を変えたり、霧のようになって浮遊したりできる」
「霧……」
「何にせよ、考えずらいわね。警察官は採用の時と、定期的に霊力の検査があるのよ。変身するほど霊力が付いていたら、絶対検査でひっかってしまう」
「……」
冴島さんはまた窓の外に視線を移した。
「事件の方はどうなの?」
「事件って?」
「女の子を襲ったの?」
俺は大きく手を振った。
「そんなわけないじゃないですか。信じてください」
「犯罪歴がついてしまえば、除霊士にはなれなくなるのよ」
「やってません」
冴島さんがパッと俺の目を見つめた。
「……信じるわ」
「そうだ、マリア。マリアの映像を提出すれば」
「マリアは警察に提出済みよ」
「じゃあ、すぐに事実はわかるはずだ。マリアが一部始終を見ているんです。三島優子の発言が事実ではないことは、マリアが記憶している映像を見れば明らかだ」
俺は自分で言って何か変なことに気が付いた。
「ん?」
マリアが撮った映像は、警察しかみていないはずだ。
しかし、三島優子はその映像を見て、俺を仇と狙ってきた。
警察しか知りえない情報をなぜ、三島優子が知っているのか。
今回の話といい、警察内部に敵がいるようにしか思えない。ピートそのものが化けて潜入しているのだろうか。
何か警察の情報を手に入れる方法が……
そんなことを考えている間に、車は蘆屋さんのアパートの前についていた。
二階に上がると俺はアパートの部屋の前で冴島さんに言われた。




