(7)
そいつが、ウネウネと宙をかけて、俺たちの前でまっすぐ立ち上がった。
見下ろし、言う。
「我を呼び出したのはお前か」
耳で聞こえたように思えたが、音はしていない。それはなんというか、感覚で分かった。
「蘆屋家につかえる龍よ。我を背中にのせ、学校へと運ぶのだ」
「えっ、学校に戻るの?」
「何も命令がないのに呼び出すのも変でしょう?」
「しっ、聞こえる」
龍はこっちに頭を下ろしてくる。
「蘆屋の子よ。我を呼べる力をもつもの、この百年不在であった」
「百年…… なんだ短いわね」
龍は頭を完全に地面につけた。蘆屋さんは躊躇せず乗り込む。
「あんたも乗りなさいよ」
「俺の式神じゃないし、怖いよ」
「主の指示じゃ、問題ない」
俺は会釈をして蘆屋さんの後ろに乗った。
「ちょっとまって、どこにつかまればいいの?」
「角は危険じゃからの。ヒゲならよいぞ」
俺たちが掴まると、龍の頭はするすると宙を駆けるように上昇した。
「速い!」
「あたりまえじゃ」
物凄い角度で上昇する。加速のGの為に、蘆屋さんが後方に滑ってくる。そのせいで体がぴったり密着している。
「べったりくっつかないでよ」
「仕方ないだろ」
「学校はちかいのお。下りるぞ」
龍は今度は落下するように下方へ飛行する。
スピードがありすぎて、まだ体は後方へ引っ張られる。
「なんて危険な乗り物なんだ!」
「!」
いきなり龍は宙でストップする。
蘆屋さんは勢いのまま龍の頭の先に飛ばされ、ヒゲを手放してしまう。
俺は蘆屋さんを捕まえようと、片手を髭から放し、一方の手を伸ばす。
「ダメだ!」
届かない、と判断して俺はヒゲを掴んでいた手を放す。
俺は宙で手足をバタバタさせていたが、まったく蘆屋さんに追いつかない。
「あれしかない」
屋敷のなかで、真っ黒な試験管に閉じ込められた時を思い出した。
拳から霊弾を撃つかのように力を籠めると、手の先が光って、進む速度が増した。
大学の中央の広場に叩きつけられる寸前、蘆屋さんに追いつき、腕を取って引き上げた。
俺は意識を足に集中すると、足先から霊弾の光が出た。
霊弾が作り出す反動で、広場に激突することなく、ふわりと着地した。
「な、なに?」
「お前ら何なの?」
広場にいた学生に気付かれた。
「いま、空から下りてきた?」
「なんかの撮影?」
撮影ではないが、否定するとどうやって今着地したのか、とか、どうして空から下りてきたのか、とか、色々説明が難しい。
『なんかの撮影』というあいまいな答えにのっかることにした。
「そうそう。撮影。後で合成するの」
「すごい! なんか見えないワイヤーで吊ってるんだ?」
「そうそう」
俺が見えなかったように、一般の人には霊弾の光は見えない。ワイヤーで吊られている、方が都合がいい。
と、上空で止まっていた龍が、動き出した。
龍は尾を、俺たちに向けて振り落としてきた。
「危ない!」
蘆屋さんを抱きしめたまま、体側を地面に付けるようにして、転がった。
龍の尾は、広場の床を砕いた。
「危ねっ!」
「火薬とか使うのかよ」
マズい…… 龍が暴走している。他の学生を巻き込んでしまう。
「蘆屋さん! 起きて!」
俺は蘆屋さんの上に馬乗りになって、体を揺すった。
「竜が、龍が暴走している」
「また爆発するのかよ」
そうか、ここにいる学生を避難させないと……
「広場から離れて!」
また龍の尾が振り下ろされる。
それを狙って俺は霊弾を撃つ。
霊弾に弾かれた尾が、ドンっ、という音とともに、広場の床面を砕く。
「また火薬使った!」
「いいから逃げてください。危険です。早く!」
ようやく気付いた蘆屋さんの腕を引っ張って、立ち上がらせる。
「どうなってるの?」
「蘆屋さん、龍が暴走した」
「なら簡単よ」
蘆屋さんは立ち止まって人差し指と中指を伸ばして、顔の前に構え、龍に向かって何か呪文を唱えている。
龍は、そんなことお構いなしに尾を振り落としてくる。
「蘆屋さん!」
俺は手を伸ばして、手先に霊弾を撃つための力をこめる。手の先に霊弾の光が現れると、振り下ろされる尾を弾いた。
「えい!」
蘆屋さんが、人差し指と中指を伸ばした手を、龍に振り向ける。
「……」
龍の動きが止まった…… かに思えた。
再び尾を振り上げて、俺たちの方に振り下ろしてくる。
「蘆屋家に仕える龍よ! 消えなさい!」
「ヴゥッ……」
蘆屋さんが気を失ったから暴走したのではなく、暴走させる別の原因があるに違いない。
「なんで、なんで消えないの!」
「あっ!」
河原ですれ違った女の顔が浮かんだ。
黒髪に白い肌、派手な赤い口紅。あいつ、俺を『吐かせ』ようとして人形遣いの女だ。
あの女が、この龍(式神)を操っているんだ。
俺は人差し指と中指を合わせて伸ばし、顔の前に構えた。
集中しながら呪文を唱えると、指先で切るようにして龍へ放つ。
「えっ!」
振り上げた尾も、髭も、長い胴も何もかもが『紙』に戻った。
そしてそれらが宙を舞いながら降りてくる。