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「あ、あの、皆さん」
看護師の赤井さんが割って入る。
「ここ病院なんで、静かにしてもらっていいですか?」
『……』
静かになってのを見てから赤井さんがボソリ、という。
「純粋に影山さんを好きなのは私と冴島さんだけみたい」
「えっ」
まさかとは思っていたが、冴島さんが俺のことを?
『……』
「あ、赤井さん、何言ってるんですか? そんなわけ……」
「冴島さん。あの時のホテルでの食事会、おかしい、と思ってたんです」
「あれは、影山くんの契約一年おつかれさま、という意味の食事会なのよ。大体あなたたちは呼んでないのに……」
バシン、と大きな音が響いた。
橋口さんが、短く持ったムチを床に叩きつけたのだ。
部屋にいた全員が静かになった。
「終わりにしてほしいんだケド」
「ご、ごめんなさい」
「結局、カゲヤマの霊圧に影響されているのよ。全員」
『……』
全員が橋口さんを見る。
「あたしは別にカゲヤマなんて好きじゃないんだケド。霊力が足りない時は胸触ってもらえば、それでいい」
「かんなの言う通りね。全員が少なからずカゲヤマの影響を受けているっぽい」
全員の目が今度は俺に向けられる。
そして代表するかのように蘆屋さんが人差し指を俺の目の前に突き出して言う。
「あんた責任取んなさいよ」
「せ、責任って」
「きっとあんたのスケベ心が体のなかの霊力を使って周りに影響しているのよ。だからあたしの中にあんたの妹が入ったんだわ」
その時、大きな電子音がなった。
全員が自身のスマフォや携帯を確認する。
どうやら、橋口さんのものがなったようだった。
「……はい。 ……なるほど。 ……わかりました。すぐ向かいます」
通話を切ると、ムチをコートにしまった。
「三島優子と思われる人物が都内の駅の防犯カメラにとらえられたわ。警察はピートとの関係性を調べるために追跡している」
「駅の防犯カメラって警察が見てるんですか?」
俺が言うと、橋口さんは手を口に当ててから言う。
「カゲヤマ。そ、それ、忘れて欲しいんだケド。誰が言ったかだけでも……」
内緒なのか。そりゃそうだ。世間が知ったら大騒ぎだ。
「じゃ、行くね」
橋口さんが病室を出ていく。
騒がしかった病室に静寂が広がる。
「って、いうことで、退院手続きしましょうか。私がお金立て替えておいてあげるから……」
女性陣が冴島さんを睨む。
「やっぱり」
「立て替えておくとか言って」
いや、この人、金には厳しい。もし俺を好きだとしても、お金に関してはポリシーを曲げないだろう。曲げたら冴島さんじゃなくなってしまう。
「いや、冴島さんはそういうところ、ほんと厳しいから……」
「ほら、ね? 影山くんが一番分かってる」
……と冴島さんが言うと、状況はさらに悪化した。
赤井さんが言う。
「やっぱり最初から二人は出来てるんじゃ?」
蘆屋さんが、
「あの時、冴島さんはあたしとカゲヤマを戦わせてどっちかを弟子にするとか言って、最初からカゲヤマが勝つようにしていたんだわ」
と言うと、加藤さんが
「バイトしている間にも冴島さんへの借金が増えている、って聞きました。それって影山くんを縛り付ける手口なんじゃないですか?」
と言う。三人が詰め寄ってくると、冴島さんはたじろいだ。
「すみません、すぐ退院するんで。病衣を着替えますんで、出て行ってください」
俺はベッドを下りて一人一人を病室の外に押しやった。
全員が病室の外に出た後、
「冴島さんと赤井さんは退院の手続きをお願いします。蘆屋さんと加藤さんはタクシーを呼んで、待っててくれませんか、すぐ行きますので」
とにかく収まったように振舞うことが重要だった。
「三島優子の件は橋口さんに任せておきましょう。ここで騒いでもどうにもなりませんし」
「……」
「じゃ、着替えますんで」
バタン、と扉を閉めて鍵をかけた。
俺は扉に背中をつけて、もたれかかる。
「吸血鬼…… 俺は戦えるんだろうか」
冴島さんは行くところがあると言って、松岡さんの運転する車で去ってしまった。
俺は、蘆屋さん、加藤さんと一緒に病院前のタクシーに乗った。
家の近くのコンビニが見えてくると、蘆屋さんが言った。
「そのコンビニで買い物して帰るので、そこで止めてください」
このコンビニで何度かバイトしていて、未だに店長から戻ってこないか誘われていた。普段、俺はここで買い物をせず、駅前まで行くことにしていた。
「俺は外で待ってる」
蘆屋さん、加藤さんは聞こえたようで振り返って俺に軽く手を上げて合図した。
俺はコンビニの駐車場から離れ、道路際で待っていた。
初めのうちはスマフォを見ていたが、なかなか二人が出てこないので、スマフォをポケットに入れてコンビニの方を覗き込んだ。
外からは二人の様子は見えなかった。
だからと言ってコンビニに入る気はしなかったので、もうしばらく待つことにした。
「!」
道路の向かい側をあるく人物が目に入った。
茶髪でショートカットの女性。
三島優子だった。
三島優子は俺の存在に気が付いていないようで、真っすぐ前をみて歩いていた。
それは蘆屋さんの家、影山家の屋敷がある方向だった。
俺はそれとなく三島優子の後方を探した。
橋口さんは尾行する、と言って、かなり前に行動を始めている。それなら、この近くに警察がいるはずなのに……
俺は橋口さんにメッセージを送った。
『三島優子、家の近くに来てますけど』
俺はブロック塀に隠れながら、三島優子の行方を見ていた。
『それ本当? 漫画喫茶から出てない筈なんだケド。こっちもすぐ漫画喫茶の中を確認するから、そっちも見つからないように追って欲しいんだケド』
俺はメッセージを返す。
『わかりました』
漫画喫茶の確認をするって、もしかしたら警察の尾行が失敗したのか。
俺はさっきの三島優子の跡を追いかけた。
もし警察を振り切れるのだとしたら、俺の尾行などとっくに気付いているのかもしれない。いや、警察を撒いたから安心しているだけかもしれない。どちらにせよ、俺がいる後方には一切注意を払っていないようだった。
車通りのある道を進むと俺の、いや、蘆屋さんの家の前を通りかかった。
「?」
一瞬、塀に隠れて見ていなかった隙に、三島優子はどこかに消えてしまった。
『カゲヤマどこにいるのよ』
蘆屋さんからメッセージが入る。
そうだ、コンビニの外で待っている予定だったのだ。俺は塀に隠れながら、メッセージを入れる。
『三島優子を追跡しています。今、蘆屋さんの家周辺なので、もう少しコンビニで時間を潰していてください』




