(68)
「だから、断言はできないって。吸血鬼の能力って『不老・不死』をはじめとしてものすごい能力があるのよ。そんな力がポンポン人に備わったら世の中苦労しないわ」
俺は昔冴島さんたちが話していたことを思い出した。
「そう言えば、イオン・ドラキュラは『不老』じゃない『不死』だっておっしゃってましたね」
「そういうこと。すべての能力が伝わらないものの、軽度の吸血鬼ではある、という可能性は捨てきれないんだケド」
「なるほど、それなら納得です」
そう言って俺は首を縦に振った。
「そうだとすれば、吸血鬼は、帰属する吸血鬼に支配されるわ。能力を与えた方が主人、与えられた方が手下というわけ」
「それで主人から命令を受け、病院から逃げ出した、と」
「そう。だとしたらまずい」
「……」
俺にはまずさの度合いが分からなかった。
「そもそもカゲヤマに恨みがある状態なんだから、催眠や支配下になくてもピートに味方する可能性があるのよ。その女性に吸血鬼の能力が加わるとしたら脅威だわ」
「俺、助けないと」
俺はベッドで上体を起こした。
「まず自分の怪我を治療しないさいよ。助ける前に倒れちゃうわよ」
そう言われて俺は考えた。体中、どこにも痛みが残っていない。
冴島さんが撃たれたところを見たという『胸』にも、橋口さんが当たったと言ったらしい『額』にも弾痕はない。
河原の野球場でグランドや、バックネットに叩きつけられた時に受けた怪我や痛みも、もうない。
「俺ならもう大丈夫です」
「……」
冴島さんが顔を上げ、俺と橋口さんを交互に見た。
目をこすりながら、言う。
「あれ、かんな? どうしたの」
「麗子、まずいわよ。あの女性が病院から逃げた」
「えっ、あの女性はあんたがみてるんじゃなかったの?」
「おトイレに行きたくなって、麗子に連絡したのに、あんたが気づかないからよ!」
「……」
冴島さんは何も言わずにうつむき、肩を落とした。
「なにその態度、あたしに漏らせっていうの?」
冴島さんは首をふる。
「違うよ。ごめんね」
「大丈夫ですよ。その女性の狙いは俺なんでしょう? なら俺が大学に行けば必ず現れる」
組んだ腕を少し持ち上げると、橋口さんの胸が少し揺れる。
「簡単に言うけど、相手は吸血鬼かもしれないんだケド」
「それマジなの、かんな?」
言いながら冴島さんが立ち上がる。
「それくらいしか病院を逃げる動機がないでしょ」
「……」
「警察に情報照会してもらう」
橋口さんは病室を出て言った。
「警察って……」
「病院から逃げたんだから、なにか事情があるはずよ、何も後ろめたいことがなければ治るまでいるでしょう」
「……」
橋口さんが病室に戻って来た。
「逃げた女性の情報が分かったわ。名前は三島優子、カゲヤマと同じ大学の女学生ね。研究室で亡くなった児島武という男と一緒だったみたい」
「三島優子?」
「知っているの?」
「いえ」
冴島さんに太もものあたりを叩かれる。
「紛らわしい。話を止めないで」
「つーかこっちも分かった情報これだけなんだケド」
「何よ、どこでピートと知り合ったとか、どうしてマリアが録画した映像を持っているとかは?」
「聞き込みをしてきたわけじゃないのよ? 警察に情報を紹介しただけなんだケド」
橋口さんも腰に手を当てて、怒り気味にそういった。
「まあ、それくらい分かれば」
病室のドアが開いた。
「赤井さん?」
「影山さん、退院の許可が出ました…… まあ、そもそも悪いところは見つかって無かったんですけどね」
「ありがとうございます」
看護師の赤井さんの後ろから、人影が病室に入ってくる。
「!」
俺はベッドに押し倒された。
何者?
「加藤さん?」
「良かった。影山くん死んでなかった」
加藤さんは頬を擦り付けてくる。
赤井さん、橋口さんが唖然としている。もうひとり、冴島さんは腕を組んでこっちを睨みつけている。
「なにやってるの?」
「えっ、ああ、しばらく抱かれていなかったので、不安になって……」
「ほぉ…… 影山くん。加藤さんを毎日抱きしめているってことかな?」
「えっ、そ、そんなことないですが」
「じゃあなんで加藤さんがいきなり見舞いにくるなりベッドに飛び込んでくるの?」
俺は加藤さんのやわらかい体を押し戻して、言う。
「いや、抱きしめられたのは初めてですから」
「加藤さん、本当?」
「いつも影山が結界の中で寝ているときに抱きしめてたから、目が覚めているときは初めてかも……」
「はぁ?」
病室にマリアと蘆屋さんが入ってくる。
広い個室とは言え、病院の部屋なので、人数が多すぎる居場所がない。
「ワタシ、イツモカトウサンガオリテキテ、カゲヤマニダキツイテルノミテマス」
『えっ!』
俺と冴島さんと蘆屋さんの声が同時に響いた。
そう言えば、加藤さんは学食で『俺に抱かれたい』と告白してきていた。
一時的なことだと思っていたが、もしかして、夜中に抱きついて欲求を満たしていたのか?
「どういうことよ、カゲヤマ」
「冴島さん、どういうことでしたっけ?」
「私は知らないわよ」
冴島さんは怒った顔で、腕を組んだままそう言った。
俺は慌てる。
「えっと、霊の空白領域があって、そこがあるとあちこちにある邪悪な霊が入り込んでしまうので、俺の零で埋めている状態です」
「どういうこと?」
「加藤さんはもともと悪徳除霊師に騙されて、悪霊を憑けられていて」
加藤さんは俺の体の上で頬杖をついた。
「もう、そういうことはどうでもいいじゃない」
「つうか、そういえば加藤さん以前、『好きでもないのに抱かれたい』のがすごく嫌だって」
「もう好きなのか嫌いなのかわからなくなっちゃった。そんなことで悩むくらいなら『抱かれたい』って思うんだから、好きなんじゃないかって割り切ることにしたの」
蘆屋さんが加藤さんを押して落とそうとする。
「あっ、危ないじゃない」
「あなたは別にカゲヤマに抱かれたいとか好きだとか言うんじゃなくて、カゲヤマの霊の影響受けてるだけじゃない」
今度は加藤さんが、蘆屋さんの腕を強く払う。
「聞いたけど、蘆屋さんは影山くんの妹の霊を憑けているんでしょう? あなたこそ霊の影響を受けているだけじゃない」




