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内向きにカールした長い髪の女性。モデルとか、芸能人、と言われれば信じてしまうだろう女性。
そしてその人は、何より俺がよく知っている女性だった。
「影山くん!」
冴島さんはそう言うと、駆け出した。
看護師さんは、パッと両手を広げて冴島さんを受け止める。
「落ちついて。彼は病人です。ここは病室ですから、もっとやさしく接してください」
「……すみません」
赤井さんが冴島さんを放すと、俺の頭の方へ近づいてくるなり、涙をこぼした。
「気が付いたのね…… もう、目が覚めないと思ってた」
「ご心配をおかけしました」
「なによ…… その言い方」
冴島さんはハンカチで顔を覆っている。
赤井さんがそっと病室から出ていく。
俺はたずねた。
「そんなに…… やばかったんですか?」
「……」
冴島さんは何も語らない。
「冴島さんたちが現れた後、ほとんど記憶なないんです。教えてください」
「そう、よね」
冴島さんは椅子を出してきて座った。
「あの時あたしとかんなで駆け付けたけど、状況を知っているわけじゃないのよ」
「そこまでの状況は俺が話します」
以前から、俺のことを恨んでいる、という女性につけられていた。問題の日は、その女性に背後を取られたこと。背後から、ナイフなのか拳銃なのか、突き立てられて河原に連れてこられると、ピートとトーマスが待っていた。トーマスは死んだエリーの仇、と俺を投げ飛ばし、殴り、蹴ったのだ。
「……そこで突然、冴島さんと橋口さんが現れたんです」
冴島さんはハンカチで目じりを抑えながら話し始めた。
「長くなるから省略するけど、私のスマフォに、影山くんがつけているGLPから異常値を検出した通知が届いたの。異常な心拍数と血圧から、ピンチだと思った私とかんなは、いち早く向かう為、やむなく時空転送魔法陣を使って移動することを決断したの」
「時空転送魔法陣ってなんですか? 名前からすると、どこでもドア的な奴じゃないですか? そんな便利なものがあれば俺も使いたいです」
「そんな簡単に使えるものじゃないの。使用する為の正当な理由がいるし、かなり高額な使用料を請求されるのよ。Amaz〇nだってプラチナム会員が使える『特急便』の時しか使えないんだから」
「もしかして、マリアがAmaz〇nから送られてきたときはそれだったんですか?」
「そうよ。今回も、あの時も、影山くんの命にかかわるから使えたのよ」
「なるほど」
冴島さんはつづけた。
「たどり着いた先には、影山くんに恨みを持つ女性がいた。女性は人質としても利用されていると考え、女性を奪回した。トーマスは計算外の出来事で動揺したらしく、とどめを刺すのに失敗したようだった。けど、影山くんの反撃は強い霊光によってはじき飛ばされた」
「ああ、そうか…… 俺の零弾が効かなかったのは、トーマスが何かしたからだったんだ」
「トーマスとピートは私たちが現れたせいで、状況が不確定になったため、退散したんだと思うわ。トーマスとピートが逃げ出した時、突然、銃弾が影山くんを貫いたの」
「えっ? 銃弾?」
冴島さんはうなずきながら俺の視線をそらした。
「当たった、と思ったの。私は胸を貫いたように見えた。かんなは頭を撃ち抜かれた、と言ったわ」
「あ、頭?」
冴島さんは病室の扉の方を向いてしまった。
「確かめてみるといいわ。どこにもそんな跡はないから」
「えっ? 当たった、って」
「あたったわよ。当たったとしか見えなかったもの。けれど、よくみるとどこに当たったか、まるで分からない。けれど体は撃ち抜かれたように息もしていない」
「……」
どういうこと、と言おうとしてやめた。
俺はその時、死んでいた、あるいは死んだような状態だった、と言いたいのだろう。
さっきから話している雰囲気からすれば、冴島さんにもそれがどういうことなのか、どんな意味なのか分からないだろうし、説明できないのだろう。
俺自身が、自分が死んでいたなんて認めたくない。死んでいたとしたら、今のこの状態はなんだ、となってしまう。
『えっと』
冴島さんと声がぶつかった。
「影山くん、なに?」
「助けてもらってありがとうございます」
あの時、必死に誰かの助けを求めていた。それが通じたのだろうか。
「GLPの通知が来なかったら、時空転送魔法陣を使わせてもらえなかったら…… 危なかったわね」
俺は、ハハ…… と少し笑う。
「……」
冴島さんは、俺に顔を近づけてくる。
も、もしかして……
俺は冴島さんから視線を逸らす。
「ん?」
何事も起こらなかった。
冴島さんは俺の枕の横に顔を載せて寝てしまっていた。
俺はそれを見て、安らぎを感じていた。
ベッドの反対側の座席にあった毛布を冴島さんにかけた。
「おやすみなさい」
「麗子! ちょっとやばいんだケド」
病室のドアが開くと、橋口さんが入ってきた。
冴島さんはぐっすり寝ていたし、俺もウトウトしていたので、橋口さんが何を言ったのかわからなかった。
「どうしたんですか、橋口さん?」
「えっ、カゲヤマ、気が付いたの?」
「ええ。ついさっき」
「そう。目覚めたばかりなのに悪いニュースが入ったわ。カゲヤマを狙っていて、一緒に入院した女性がいるでしょ?」
女性は覚えているが、ここに入院していたのかは知らなかった。
「その女性が逃げたんだケド」
「えっ?」
橋口さんは腕を組んだ。
「河原のグランドで、麗子がその女性にかかっていた暗示というか催眠は解いたはずなんだけど……」
「催眠? あのピートとかいう奴の?」
橋口さんはあごに指を付けて言った。
「あのピートという金髪の男はおそらく吸血鬼ね。吸血鬼にはそういう人を操る能力を持ってる」
「そ、そうなんですか? 吸血鬼って、血を吸って吸血鬼を増やすって思ってたんですけど」
橋口さんは両手を大きく広げる。
「それは相当強い力を持った吸血鬼ね。それこそ、マリアを作ったイオン・ドラキュラが若ければそれが出来たかも」
「じゃあ、その女性は吸血鬼になってはいないんですね」
また橋口さんはお腹の上あたりで腕を組んだ。
大きな胸が腕に乗っかって、激しく強調される。
「……それは断言できないんだケド」
「だってさっき」




